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54話:邪竜ちゃんと呪い

 思った以上にゆるふわな喋り方をする邪竜様だが、邪竜様の知る他の言葉は古語になるようで、今ではエルフなどの長寿種族しか話せないようだ。


『私の言葉でわかりにくいところはあるかしらー?』

「いえ、わかりますが、その。村の人より都会的な話し方で驚いただけです」

『そうなのぉ? みんなとは違うとは思っていたわぁ』


 こんな語り方だけど邪竜様の見た目の威厳はたっぷりだ。だけど目を閉じるとダークエルフのお菓子やさんの店主を思い浮かんでしまって、頭が混乱しそうだ。

 さて色々と僕も話したいことはあるのだけど、このまま村にいていいものだろうか。村のみんなが続々と集まってきて平伏している。邪竜祭も終わったあとなので邪竜様を宴で歓迎することもできない。

 要件がお菓子だけならもう帰って欲しいのだけど、まさかそんなわけはないだろう。

 なので僕は邪竜様の次の言葉を待った。

 だけど邪竜様は何も告げずに邪竜ちゃんの方を見ていた。

 邪竜ちゃんは何か失礼なことはしてないだろうか。ちょうど飛び疲れてへばっていて、邪竜様に平伏してるように見える。よかった。


『彼女の呪いを解いたのは君よねー?』

「呪いですか」


 むしろ邪竜様の喋り方の方が呪いに聞こえてしょうがない。せめて語尾を伸ばすのはやめてほしい。


『ほら。黒いのがぴかぴかになっているもの』


 なんだって!?

 ということは邪竜ちゃんは邪竜ではなく呪竜ちゃんだったのか!

 だとすると、黒い魔力に包まれてる邪竜様も呪われているということだろうか。


「あの。邪竜様のお身体も綺麗にいたしましょうか」

『いいのー? でもここではちょっとぉ』


 邪竜様は辺りを「ぐわっ」と見回した。言葉のせいでまるで恥ずかしがっている乙女みたいだ。


「ここは邪竜様を慕う邪竜村です。私達はかまいませんが」

『私の呪いで村が滅ぶわぁ』

「他へ移りましょう」


 邪竜様によって村が滅びるのは、村人ならそれを受け入れるだろう。だがそのきっかけが僕の魔法となるとそれは耐えられない。


『私のお家にご招待しちゃうわっ』

「あ、はい」


 言葉のせいでティーカップとお茶菓子が出てきそうな雰囲気だが、邪竜様の家とはつまりねぐらであろう。数あるねぐらのその中でも、本邸と言えるのは邪竜山の頂上にあると聞く。

 僕はそんな凄い所に招かれていると、うんと気合を入れ直した。


「行きましょう」


 邪竜ちゃん。もうちょっと頑張って。

 魔力回復のためなら、大元となるマナの源泉である邪竜山の、さらに濃い場所の方が回復するだろう。

 僕は寝そべった邪竜ちゃんの首を引っ張って起こす。


『いたいいたいっ』

「あ、ごめん」


 そんな力を入れたつもりはなかったのに。それだけ邪竜ちゃんが弱まってしまっているのだろうか。気をつけないと。


「巫女ばあや。邪竜様の願いを叶えに行ってまいります」

「うむ。うむ。今日のことは村にとって忘れられぬ偉業の一頁となるじゃろう。当代一の光の巫女によって邪竜様をお救いになられるのじゃ」

「何をそんな大げさな」


 大げさなことになった。

 僕が魔法をかけると邪竜様は美しい人間の女性に変わったのだ。その頃にはすでに夏も終わりに差し掛かっていた。


 最初の日。邪竜山の頂上の穴に僕らは招かれた。邪竜山は火山ではないので火口ではない。なのでここは生窟、ダンジョンというやつなのだろう。火山でもないのに溶岩が滾っていた。ダンジョンとは不思議なところで、人の意識で歪められる場所だという。

 僕が邪竜様の顔に手を当てて意識を込めると、僕の身体からごっそりと魔力が奪われて、邪竜様の黒い魔力が噴火のように溢れ出した。

 尻もちをついて見上げた邪竜様は、その真っ黒な身体がマグマに照らされ輝いていた。『なんだかお肌がつやつやになったわぁ』という邪竜様の言葉は聞かなかったことにした。どうにも乙女にしか見えなくなってしまうからだ。

 魔力を使いすぎた僕だけど、足りなくなった分は邪竜ちゃんから注ぎ込まれてきた。そして邪竜ちゃんはその邪竜様の撒き散らした黒いマナを吸収して、黄銅色だった身体は黒く戻っていった。なんだかきらきらしてたのに残念。

 邪竜様のねぐらには僕たちは生活できないので、いつも暮らしていたねぐらから通って邪竜様に魔法をかけてお話をした。

 邪竜様の話しをまとめるとこうだ。


 魔法とは人の願いそのものである。

 僕の見える黒いマナとは、人の願いがぐちゃぐちゃに混ざったものである。

 魔法は悪いものではないが、人の願いは良くないことも多い。つまりそれが呪いである。

 邪竜様は黒いマナを吸収して、土地を浄化してきた。


「つまり、邪竜様は魔女さまの推測の通り、本当に黄金の天使様だったのですね」


 陽光のようなまばゆい長い髪を揺らす美女は、遺跡に描かれていたモチーフよりも美しかった。邪竜様から姿が変わってしまったけど、彼女が古来から信仰されていたのも納得できる。


「そうよー。私が人としての意識を取り戻したのもその魔女さまという人のおかげかも?」


 いつしか山に住む黄金の天使様は、麓に住まう人間たちから「邪竜が住む山」として恐れられるようになった。嘘から出た真で、彼女の持つマナは変容し、その姿は黒いドラゴンへ変化したという。

 つまり邪竜様信仰が、彼女を竜にしてしまったのだ。


「それはいいのよー。その嘘は私を守るためだったみたいねぇ」


 黄金の天使様を守るための嘘が、彼女を竜にして邪竜山に縛り付けた。彼女自身も黒いマナを吸収しすぎて呪われた身となり、外へ出るつもりは無かったようだが。


「私が人の姿に戻れたのも、君のおかげよー。黄金の天使君」

「おやめください。本物の黄金の天使様に言われると、お尻がむずむずします」

「だけど私は君こそ本物だと思ってるのよぉ」


 黄金の天使様は黒いマナを吸収することしかできなかった。土地を浄化できても、自身を浄化することはできなかったのだ。

 僕も本当ならそうなるはずなのだ。邪竜様から落とした汚れは、僕に吸収されるはずなのだから。

 だけどそれは邪竜ちゃんが吸収して、僕には純粋な魔力だけが注がれた。邪竜ちゃんろ過器。

 かくして、「悪いドラゴンがいる山には近づくな」という願いが込められた黒いマナは邪竜ちゃんに注がれて、邪竜ちゃんは名実ともに邪竜になるかと思ったが、やっぱりなんとなく邪竜ちゃんはぽんこつのままであった。

 一回り大きくなった邪竜ちゃんは、猪の丸焼きに齧りついて口の周りを油まみれにして、「げぷー」とお腹を見せて転がっていた。


「もー! 今日は村に下りる日って言ったのに、なんで朝からそんなに食べちゃうの! 村の人への差し入れだったんだよ!」

『動けない。明日にしよ』


 翌日。邪竜ちゃんから降り立った黄金の天使様を「こちらが邪竜様へと姿を変えていた、神祖、黄金の天使様です」と巫女ばあやに紹介したら、巫女ばあやはひっくり返って腰を打ち、泡を吹いて死んだ。享年72歳であった。

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