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52話:邪竜ちゃんと帰還

 夕食を頂き、僕たちは暖炉の前でのんびりした。

 まだ数少ないとはいえ本を保管する図書館なのに火を扱えるのは、管理する姉弟子さんが氷魔法を使えるおかげだ。

 沸かしたお湯で僕は汗で汚れた身体を拭いた。ついでに邪竜ちゃんの身体も拭いてあげる。

 僕が寝てる間、邪竜ちゃんもぐでーとしていたようだ。


 寝すぎたせいで夜になっても僕は眠気が起きなかった。

 昼寝しすぎた姉弟子さんもどうやら眠くなさそうで、日が完全に落ちてしまったのに僕たちは暖炉の前で会話していた。

 彼女もドラゴン討伐の一員だったようで、その話をしてくれた。ドラゴンは例の町の真ん中に開いた穴の底に現れたという。吟遊詩人が歌よりも詳しい話を僕は楽しんだ。


「それで、あんたも知る狐の悪魔の影響で、この辺には居ないモンスターばかり現れてね。珍しい素材ばかり集まってずっと研究してたわけ」

「あ、その狐の悪魔からアニとかタング? っていう邪竜様みたいなのがいるって聞きました。どんな感じでしたか?」

「うーん。私もどんなのだったかとか名前とかわからないわ。筋肉馬鹿が軽く粉砕していったから」

「すごいですね。筋肉馬鹿さん」


 彼女の仲間であり、ドラゴンスレイヤーの一員の一番の戦士である方はとんでもなく強いらしく、八つの首を持つドラゴンも、ほとんどが戦士の筋肉馬鹿さんが倒したようなものだと言う。

 世間的には色々な理由で領主さまが大活躍して倒したことになってるらしいけど。

 

「あなたが見たという白い精霊も穴が埋まった後に出てきた子たちね」

「やっぱりお菓子泥棒は本当にいるんですね」

『許すまじ!』


 邪竜ちゃんが拳を振り上げた。こんな時だけ反応するのね。同類であるだろう八つ首ドラゴンが倒された話を聞いてた時は眠そうにしてたのに。


「でも精霊のおかげで早く治ったのよ。私の添い寝は最後の調整に過ぎないわ」

「添い寝というか、僕に乗ってましたけど」

「忘れて」


 眠りこけたのは不覚だったようだ。

 この話をすると、彼女は照れくさそうにとても嫌そうな顔をする。


「でも助かりました。本当にありがとうございました」

「いいのよ。かわいい弟弟子のためだもの」

「弟弟子……そういえばそうでしたね」


 彼女がこんなに僕に良くしてくれたのは、僕が仮にも魔女さまの弟子だからか。


「ところで姉弟子さんは師匠に会いに帰らないんですか?」

「ええ。どうせ毎日ぐだぐだしてるだけでしょあの人は」

「そうですね。でも寂しがってましたよ」

「身の回りの世話が欲しいだけよ。あなたもこき使われてるのでしょ」


 寝泊まりしていた時は部屋を借りてた立場なので、使われているというよりは自主的に手伝っていたけれど。

 そして姉弟子さんの魔女さまに対する陰口が始まった。

 だけど楽しそうに話すその様子は、本当に嫌っているというよりは、ただ会うのが面倒といった感じだった。

 夜は更けあくびが出始めた頃に僕たちは部屋に戻り、次の日を迎えた。


「本当にもう帰るの?」

「ええ。お菓子を食べに来ただけですから。それにすぐに来られますし」

「すぐに来られるというのがおかしいのよ。あまり無理させるんじゃないわよその子」

「はい。わかってます」


 邪竜ちゃんは「ぐわわ」と鳴いた。

 僕は姉弟子さんと別れの握手をした。今日もその手は冷たかった。


「それでは妹弟子さん。行きましょう」

「今更だけど、そいつもあなたに取っては姉弟子でしょ」

「あ、それもそうですね」


 じゃあ上の姉弟子さんと、下の姉弟子さん?


「アリエッタよ」

「え?」

「私の名前」

「名前……そういうのもあるのですね」


 それだと姉弟子アリエッタさんと、姉弟子さん。うーん。やっぱりわかりにくい。


「私はいいですよ今まで通りで」

「それよりその子、いま変なこと言わなかったかしら?」

「ああー。いま私達の住んでる邪竜村の辺りだと、名前ってないんですよ」

「変な村ね」


 邪竜様にも名前はないのだから、僕たちにも名前が無いのが普通だと思っていたのだけど。

 だとすると、時々わからない言葉で自分のことを「私はなになにだ」と言っていたのは、役職ではなく名前というものだったのか。

 こういう沢山の人がいる町だと名前というものが必要なのかな。


「ではアリエッタさん。また来ますね。邪竜様の翼に包まれますように」

「ええ。黄金の天使と出会えますように」


 この辺ではそういう表現なのね。

 だけど僕がその黄金の天使とやららしいから、おかしな表現に聞こえてしまうけど。

 アリエッタさんは笑って手を振った。

 僕らを乗せた邪竜ちゃんが空高く飛ぶ。

 マナの少ない隣町の辺りは、滑空するように飛ぶことで一気に越えて、魔力の消耗を抑えるという計画だ。


「うわ。雲の上ってこんなに寒いのですね」

「僕もこんなに高く飛んだのは初めて。『大丈夫? 邪竜ちゃん』」

『しゃむい』


 風を一番受ける邪竜ちゃんも寒いようだ。

 荘園を越えた辺りから少しずつ下りながら鉱山を越えていく。

 そこを越えた後は、適度に休みながら進むことにした。

 やがて邪竜山が見えてきた。

 そして邪竜山から空を飛ぶ巨大な何かが僕たちへ向かってきた。

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