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51話:邪竜ちゃんと念話

 暇つぶしに開いた手記は、以前にここに住んでいた男の話であった。

 とりとめのない日常的な出来事が書かれており、日記という方が近い物だろう。お菓子やさんの新作の話なども書かれていた。

 途中から内容は変わり、日記の男が故郷から出て、この町へ着くまでが書かれていたりした。男は冒険者であったが、冒険者というより商人に近いことをしていたようだ。戦闘をするのはもっぱら、途中で出会い懐かれた少年だった。男は少年に対し、「昔からそこらの子供とは違うと思っていたが、貴族の養子になり領主になるとは。元々生まれは貴族ではあったようだが」と書いていた。

 そこで僕は気づいた。この少年は、昨日お菓子やさんで知り合ったこの町の領主であろう。

 するとこれを書いたのはそれに近しい男。

 僕はすぐに思い当たった。僕に手紙を託した悪魔の男だ。

 ほんの一時しか話さなかったけど、知った顔の冒険譚だと気がついて、僕はなんとなくから興味を持って先を読み始めた。

 そして男が一人の少女と出会ったところで、部屋の扉が開いた。


「ちょっと何し……ええ!?」

「しー! 静かに」


 姉弟子さんが「んん」と寝返りを打って僕にしがみついた。なんだか寝顔からはまるで凄い魔法使いには見えない。

 だけど彼女の使える氷の魔法は、使い手の少ない魔法だという。お菓子やさんで新鮮な材料を保存しておけるのも、彼女の作った冷蔵保存の魔道具によるものだという。

 美味しいお菓子が沢山提供できるようになったのも、彼女の功績が大きいと店主さんが言っていた。


「ふーん。それでマナ回復のために添い寝する言い出したんですか。卑しい女! 泥棒猫! 私も一緒に寝ます!」

「来ないで下さい」


 身体が小さい僕たちだから二人一緒に入れるけど、お弟子さんが入ってきたら誰かが溢れ出してしまう。


「まあ元気になったなら良かったです。夕食はもうちゃんと食べられますね?」

「うん。お肉が食べたいな」

「ふふ。猪の魔物肉にしましょうか」


 隣で「むにゃむにゃ」と引っ付き虫がいる状態で本を読むのも読みづらいので、僕は大人しく身体を倒して目を閉じた。

 目を閉じて静かにしていると、魔力の流れを感じた。

 姉弟子さんの水色の魔力が僕の中に入ってきて、混ざり合って溶けていく。

 また、僕の身体から薄い線のように魔力が伸びていて、これが邪竜ちゃんと僕が「魂で繋がっている」状態なのだろう。

 なんだか昨日より僕はよく見えるようになっていた。

 何やら気配を感じると、すっと窓ガラスを透けて白いのが二つ入ってきて、僕の様子をうかがっているようだ。

 そして二人はきゃっきゃとはしゃぎだし、お弟子さんが置いていった小さいクッキーをぽりぽりと噛りだした。

 僕はベッドから薄目でそれを覗いていたけれど、どう見ても片方はお菓子な悪魔の少女に見えるんだよなぁ。

 この部屋に住んでいた男は、お菓子な悪魔の少女と結婚していると、魔女さんは言っていた。それにここに住んでいたということは、姉弟子さんとも仲が良いということだろう。

 なんだか僕の心の中に、黒いもやもやが渦巻いてきて、魔力の中に黒いものがどろりと混ざったのを感じた。

 ああ。妹に僕のお気に入りを盗られた時のような感情だ。

 全く似ても似つかない状況なのに、それと同じように感じたと考えた僕は自身に対して苦笑した。


「(変なこと考えてないで寝よう)」


 ふわりと僕の上に気配が乗ったと思ったら、白い少女二人が僕の上に座っているようだ。

 自由だな。精霊たちって。



『おにくー!』

「うわあ!」


 強烈な念話で僕は起こされた。僕と邪竜ちゃんを繋いでいる魔力の線が、ぶるんぶるんと膨らみ揺れている。その度に『おにく! おにく!』と聞こえてくる。

 僕はその魔力の線を意識して、『知ってるよ。猪肉だって』と話してみた。

 すると邪竜ちゃんから『いのししー!』と聞こえてきたので、どうやら成功したようだ。

 念話ってこうしていたんだね。

 さて、起きようと思ったけれど、僕の身体が重く感じた。病気のせいではない。僕に添い寝してくれた姉弟子さんがくっついて、僕の上に覆いかぶさっていた。


「どうしようこれ」


 どうしようもないので僕はそのまま身体を起こすと、ベッドの上で向かい合うように座る格好となった。

 そしてその動きで目覚めた姉弟子さんは、薄目を開けた。


「おはよう」

「何してるの。殺すわよ」


 ひえっ。理不尽な氷のような視線が僕を突き刺す。

 だけど僕の顔が半分凍り始めたところで姉弟子さんは目が覚めたのか、「ああごめん。寝ぼけてたわ」と魔法を止めてくれた。

 誰と勘違いしたんだろうと僕は聞けなかった。


『お肉早くー!』

『今いくよ!』


 だけどまずは汗でびっしょりとなったネグリジェを着替えないと。

 姉弟子さんの可愛らしい部屋着に着替えた僕は、仕方がないこととは言え、女性の服を着ることに慣れてしまっていた。

 だけど姉弟子さんが、ついでとばかりに僕の髪にリボンを付けだしたのは、完全におもちゃ扱いな気がする。

 部屋着とはいえ上等で可愛らしいワンピースドレスを僕はお肉の油で汚さないかが、今一番の心配であった。

素直でかわいい弟弟子が出来て内心嬉しくてかわいがりたい卑しい姉弟子さん

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