50話:邪竜ちゃんはじっとしている
エルシアの町の図書館の中にある仮住の部屋で僕は泊まることとなった。
元々この図書館は町の防衛の砦として造られたようなので、生活空間があるようだ。町の内側に砦があるのは、町の真ん中にダンジョンの穴が空いた出来事があったからだ。今はその穴は塞がれてしまっている。穴を塞ぐように石組みで壁が築き上げられていた。教会が穴の近くに建てられていたので、邪竜ちゃんを追いかける時に見たのであった。
「顔が赤いわよ」
「え?」
姉弟子さんが僕の額に手を当てた。言われてみると少し熱っぽく感じるかもしれない。
「やはり身体が弱ってるのよ。今日は早く寝た方がいいわ」
「うん。そうします」
夕食はスープだけ飲み、姉弟子さんの寝間着を借りて僕は寝た。
幸せな一日だったはずなのに、その日の僕は嫌な夢を観た。大きな黒い犬に追いかけられて、邪竜ちゃんの尻尾が齧られて、尻尾から出てきた剣で僕が英雄になって邪竜ちゃんのお菓子を食べる夢だ。
いつにも増してぐちゃぐちゃな夢を観たと思ったら、僕は本格的に風邪を引いたようだ。
顔は暑いのに身体は寒い。石造りで暖かい部屋の中でさらにふかふかなベッドと布団にくるまっているのにだ。頭がぐぁんぐぁんと槌で叩かれているかのように痛みが鳴っている。
僕は気を失うかのように、二度寝した。
朦朧としていたので、僕が寝すぎていると気づいたのは、ベッドの傍らに大きい妹弟子と、小さい妹弟子が並んでいたからだ。
猛烈な喉の乾きに対し、妹弟子さんの手が唇に当てられていた。じっとりと濡れているのは、彼女の魔法の水だろうか。
そして頭を撫でている姉弟子さんの手はひんやりとして心地が良い。
「えっと……?」
「もう少し寝てなさい。今日帰るのは無理ね」
子供じゃないんだし恥ずかしいと手を払おうとしたけれど、腕を動かすのも億劫なので、僕はされるがままでいることを許容した。
それに、ただの風邪ではないということは、昨日のうちに知らされている。
姉弟子さんが「マナ欠乏症は若い魔法使いには良くあるのよ」と言っていた。見た目が若い姉弟子さんが言うのは少し不思議に感じた。
「僕が熱を出したということは邪竜ちゃんは……」
「同じように平たくなって寝てるわよ。ふふ。面白い観測ができそうだわ」
「あまり変に刺激しないでね?」
姉弟子さんの手が僕の目に覆った。喋ってないで寝ていろということだろう。
頭に冷気を感じながら、僕の意識は再び落ちていく……。
今度の夢は、お菓子な悪魔の少女が出てきた。
だけどその姿はなぜか真っ白い姿で、僕が会った少女よりもほんの少しだけ幼く見えた。
そしてなぜか僕の布団の上に乗ってきて、その上でお菓子やさんから持ち帰った焼き菓子をもしゃもしゃと食べ始めた。
廊下から足音が聞こえると、少女は立ち上がって、お菓子を持って窓から飛び出していった。
「あら? もう食べたの? 食欲は戻ってきたのね」
「え?」
僕の布団の上にはお菓子の食べかすが散らばっていた。
僕は姉弟子さんに今観た不思議な夢を話した。
「それはお菓子の悪魔ではなく、お菓子の精霊ね。お菓子を食べていくだけで害はないわ」
「害があるように思うんですけど……」
せっかくの僕のお菓子を食べられてしまったのだけど。
目が覚めてきて食べられたと意識したら、なんだかお腹が減ってきた。
「でも良かったわね。精霊はマナが意思を持ったものよ。お菓子のお礼に回復していってくれたようだわ」
「ほんとですか?」
僕にも解るように簡単に話してるからそういう説明になっているんだろうけど、凄く眉唾に聞こえる。
だけど確かに僕の身体は凄く楽になっていた。まだ微熱は残っているようだけど、気だるさは消えて無くなっていた。
僕はベッドから身体を起こし、姉弟子さんからお椀とさじを受け取った。お椀の中には、朝日のような色のぐちゃぐちゃを凍らせたものが入っていた。
「りんごを摩り下ろしたものを凍らせたの。だけどこれだと身体の熱を奪いすぎるかもしれないわね」
「いえ大丈夫です。いただきます」
身体の寒気は消えており、今はむしろ汗ばんでいて暑い。
りんごの酸味と凍らせたシャリシャリ感がとても美味しく感じた。
布団から出たら今度は汗が冷えてきて、今度はまた寒く感じてきた。
「やはり寒そうね。温めようか?」
「そうですね。お願いします」
魔法で簡単に暖められるのかなと思ったら、なぜか姉弟子さんが布団に潜り込んできた。
「……何をしているの?」
「こうするのが早いわよ。いいから病人は大人しくしてなさい」
「あ、はい」
姉弟子さんはやわらかくてりんごのような良い香りがした。
気恥ずかしいけど、彼女がこうしているのは僕のためなのだろう。
寝すぎて眠気がない僕よりも先に、添い寝する彼女は寝入ってしまった。
今度は蹴り出されないよねと、僕は服を着ていないドラゴンスレイヤーの悪魔の少女のことを思い出しながら、眠れそうにないなぁとベッドの傍らに置いてあった本を手に取った。
中を開いてみると、本というよりそれは一人の男の手記であった。
手記の内容はシリーズ前作の「底辺冒険者の俺はメスガキに絡まれた!」となります。
思わせぶりな展開ですけど、手記の内容は特に触れずに進む予定なので(なんだったの……?)と思われないための補足でした。




