5話:邪竜ちゃん炎上中
まだ肌寒さが残る季節、いつもなら村人はすでに寝静まっている月明かりの下、祭りの喧騒は続いている。
煌々とした炎の柱が村の中心の広場にそびえ立つ。その中心にいるのは邪竜ちゃんだ。
邪竜ちゃんが口から噴いた炎は、簡単には消えることのない魔法の炎だ。その炎が寝そべる邪竜ちゃんを包み込んでいる。
「げふぅ」
「食べすぎだよ邪竜ちゃん!」
夜空の下にぽっこりお腹を晒して、口からぴゅーぴゅーと炎を噴き出し撒き散らしている。
なぜかその様子に村人はお酒を飲みながら大盛りあがりだ。
僕はそっと宴会場から抜け出して、小瓶に火の酒を勝手に補充した。指の傷口にもぶっかけておく。しみる。
突然始まった早めの春の邪竜祭に、みんな戸惑いながらも仕事を休んで参加した。
巫女ばあやによると、邪竜様が村に降り立ったのは50年ぶりだそうな。
その時に邪竜様が好んだという邪竜酒というぶどう酒を、村は造り続けており、その中でも竜殿の地下に35年間保管された傑作が邪竜ちゃんのために開けられた。
邪竜ちゃんは子供だからお酒の味なんてわからないし、もったいないと思うのだけど、邪竜様のために造られた酒だからと邪竜ちゃんに献上された。
邪竜ちゃんは甘い香りに顔をほころばせた。その結果が邪竜ちゃん炎上だ。
村人たちは騒然となったが、邪竜ちゃんはお構いなしだ。
熱いというか暑そうにごろんごろんしていたけど。
ところで、みんな口には出していなかったけど、邪竜ちゃんが少し違うと薄々感じていたようだ。
だってまず伝承と大きさから違うもの。
村の広場は邪竜様が寝転がって出来たと言われている。つまり村の広場は邪竜様の大きさということ。
だけど邪竜ちゃんは、馬よりも一回り大きいくらいの身体だ。村の広場は邪竜ちゃんを何十竜と寝かせられる広さだ。
そんな中、巫女ばあやがかつかつと鳴らしてやってきた。
そして僕に付いてくるように言ってきた。向かった先は村の竜殿だ。
邪竜様の角が飾られた竜の祭壇の前で、巫女ばあやは振り返った。
「あんの邪竜様は何者じゃ」
「何者かと申されましても……」
僕にだってわからない。
だって、僕が一年前に邪竜様の贄としてねぐらに付いた時、すでにそこにいたのは邪竜ちゃんだったからだ。
「僕は邪竜様の子供かと思っていました」
「さもありなん。邪竜様が滅びる事などありえぬが、わしには声が聞こえのうなった。じゃから別物なのじゃろうな」
「邪竜ちゃんの声は僕にしかわからないということですか?」
蜜蝋の灯りの揺らめきの中で、巫女ばあやはゆっくりと頷いた。
「左様。邪竜様にお認めになられたおぬしは次代の巫女じゃ」
「え? 巫女って僕がですか?」
僕は去年成人し、他に同年代の子がいなかったため、10年に1度の邪竜様の贄に選ばれた。
邪竜様の贄とはその名の通り、邪竜様に捧げられる者。邪竜様の御側付きになる誉れだ。
だけど邪竜様は恐ろしい方なので、不興を買うと食べられてしまう。だから贄と呼ばれていた。
僕が尋ねると、巫女ばあやは甲高い声で笑った。
「くぁっくぁっくぁ! 食われる者もおったかもしれんがのう。邪竜様に認められた贄は巫女となるのじゃ」
「え? そういうものだったのですか?」
何も聞いていないのだけど。
ということは巫女ばあやも邪竜様と一緒に暮らしていたのかな。
「いつもは2日ほどで帰ってくるのに、戻ってこんから心配したのじゃぞ。やはりダメだったのかと思ったぞ」
「やはりってなんですか!?」
「かかかっ! いやいや無事で良かったのう」
巫女ばあやは箱からゴソゴソときらびやかな布を取り出した。
「ほれっ。わしももう長くない。これを着て巫女を継いどくれ」
「僕、男なんですけど?」
渡された衣装は白と緋色の艶やかな女性ものであった。
控えていた巫女さん方が僕のことを取り囲み、服を脱がしてきた。
「ちょ、ちょっとぉ!? むがっ」
濡れた布で顔をごしごしと拭かれ、その後全身磨かれた。
そして人形のように巫女装束に着替えさせられた。
「よう、似合っておるぞ。わしの若い頃のようじゃ」
「嬉しくないんですけど!?」
おかしいな、こんなはずでは。
でもそうなると、もう邪竜ちゃんと暮らす必要はないのかな。
僕のその後のことを尋ねると、巫女ばあやはふむぅと唸った。
「おぬしが決めることではない。邪竜様次第じゃ」
邪竜ちゃんが僕のことを用済みだと思えば村に置いていくだろうと、巫女ばあやは言っていた。
でも邪竜ちゃん一人で暮らしていけるのかな。
そして僕は次代の巫女として竜殿で暮らした。
邪竜ちゃんは僕を連れてねぐらに戻らなかったのだ。
3日後。僕は寂しくなって、村の広場へ訪れた。
「まだいたの!?」
『ここで暮らすぅ』
ここで暮らすじゃないよ邪竜ちゃん!
邪竜ちゃんは村人たちにご飯を与えられ、広場で食っちゃ寝生活を堪能していた。
その上さらに巫女さん方に綺麗な布で身体を拭かれている邪竜ちゃんだ。
こんな生活をさせていたら邪竜ちゃんは堕落してしまう。そしたら邪竜ちゃんじゃなくて堕竜ちゃんだ。それで困るのは面倒を見ている僕である。
「そろそろおうちに帰るよ!」
『んに』
邪竜ちゃんは首を持ち上げて「くああ」とあくびをして、そして再び寝た。
『明日帰るぅ』
「邪竜ちゃん!」
邪竜ちゃんはさらに3日間、広場で餌付けされてごろごろしていたのであった。




