49話:邪竜ちゃんは居座りたい
僕は甘いお菓子を堪能し、さらに焼き菓子のお持ち帰りまで注文した。
お金は姉弟子さんが払ってくれるそうだ。赤い木炭が役に立ってくれた。赤い木炭がおいしいお菓子に変わるなら、いくらでも木炭を作りたくなっちゃう。
「そういうわけで、我々は今後とも是非とも邪竜村との交流を願います。よろしいでしょうか」
「あ、はい」
聞いてなかったけど、きっと問題ないだろう。そもそもドラゴンスレイヤーの領主の願いを断れる人っているのかな。
ちらりと見た妹弟子さんの顔もほくほく顔だったので、きっと大丈夫。
にこりと笑った若い領主さまは人当たりの良さそうな笑顔で僕に握手を求めた。僕はそれに応える。
横から口を挟んだ姉弟子さんが言うには、彼はこの町では英雄と呼ばれているらしい。ドラゴンスレイヤーの吟遊詩人として歌われているのも、彼の活躍を讃えたものだという。
僕はそんな凄い人と仲良くなって、なんだか凄く誇らしい気分になった。領主ではない素の彼の顔を見た僕は、そう思わせるほどの魅力を感じた。
「色々とありがとうございました。急にドラゴンに乗って町のみんなをびっくりさせてすみませんでした」
僕が謝ると、領主さまは「ははは」と苦笑した。でも「この町は幼竜くらいには負けませんよ」と言ってくれたけど、それは邪竜ちゃんを刺激しそう……。
邪竜ちゃんをちらりと見たら、とろけた顔でぐでーっと寝そべっていた。あ、大丈夫そう。
それどころか『ここに住むー』と言い出した。頭しか入れてないのに住むのは無理だと思うよ。領主さまに首落とされちゃうよ。
「本当は共に町を案内したいのだけどね。あの様子だと無理そうだ」
「邪竜ちゃん起きてー! そろそろ帰るよー!」
邪竜ちゃんは「んあー」と薄目を開けて、顎を床に擦り付けた。ダメそうだ。
申し訳ないけど、今夜は姉弟子さんの図書館に邪竜ちゃんを仕舞って泊まらせて頂くことにした。ここには人は来ないから問題ないと言う。図書館の意味って……。
そもそもこの図書館には作られたばかりで置かれている本が少ないようだ。そして数少ない本も、姉弟子さんが所有している魔法学の本のうちの危険性と希少性の薄い本だけのようだ。それと、最近あったこの町での出来事、おもに領主さまの活躍が描かれたコーナーがある。
町中に突然空いた大きな穴に、そこから現れた大きな犬。三つの首がある黒い犬の絵が描かれており、ケルベロスと名前が付いていた。
街中と飛んで跳ねて火を吹いたと書かれていた。まるで邪竜ちゃんみたいだ。
「何か手伝うことはありますか?」
ただで泊まらせて頂くのも申し訳ないので、僕は姉弟子さんに家事の手伝いを申し出た。
「何でも良いの?」
「ええ」
「じゃあ服を脱いでもらおうかしら」
「はい。え?」
何をするつもり?
「ちょっと身体と魔力を調べさせて頂くわ」
「魔女さん師匠みたいなことを言わないでください」
僕がそういうと、僕に向けられた彼女の手はぴたりと止まった。良かった。
「冗談よ」
「冗談の目に見えませんでしたが」
隣で妹弟子さんが「手伝いましょうか?」と言ってきたけど、それは僕を脱がすことに対して? お弟子さんに裸を見られるのは、一緒に露天風呂に入っているからもう慣れたものだけど、ダメだからね?
「身体はいつも見てますけど、普通の人間でしたよ?」
「……こんな若い子に何してんのあんた」
お弟子さんは「いえ師匠が脱がしました」と言い訳してるけど、一緒になって脱がしてたよね?
姉弟子さんが追及した結果、妹弟子さんは有罪となった。そういうわけで、買い出しや料理などは彼女が行い、僕はのんびりと過ごさせて頂くことになった。
というのも、姉弟子さんが言うには、僕はゆっくり休んだ方がいい状態だと言う。
「あのドラゴン、だいぶ弱ってるわ。マナを使いすぎたんでしょ。あなた達は今、お互いにマナを奪い合ってる関係になっているわ」
「邪竜ちゃんとですか?」
邪竜ちゃんは空を飛んだことで、僕は回復魔法を使ったことで、魔力が減ってしまっている。
お菓子屋さんのお菓子は、お菓子の悪魔のお菓子と違って普通のお菓子なので、魔力が回復するようなことはないようだ。
だけど、このエルシアの町は邪竜山と同じようにマナが豊富な土地なので、ゆっくり休んでいれば回復するという。
「この町は古代魔法都市の遺跡があってね。それがこの土地にマナを集めてるのよ」
「あ、それで途中の隣町のマナは少なかったのですね」
この町にマナが集められてるということは、その周囲は薄くなるということだ。
その遺跡というのが、ケルベロスが出てきた穴のことなのかな。
姉弟子さんに聞いてみたけど、それとはまた別のようだ。違うのか……。町の周囲にそれらはあり、その一つは街道の途中にあった荘園にあるようだ。エルフの人はその遺跡の調査であの街道に居たようだ。
「私が手伝えば回復が早くなるけど、服を脱ぎたくないんでしょう?」
「それで僕を脱がそうとしていたんですね……誤解してました」
そういうことなら先に言ってくれないと。やっぱり魔女さんと同類なのかと思ってしまった。
僕がそう彼女に言うと、姉弟子さんは姉弟子さんで、僕のことを女装を脱ぎたくない人だと思っていたようだ。
誤解です。誤解ですよ。




