46話:邪竜ちゃんと姉弟子さん2
図書館は、本が沢山あるところだと聞いていた。
だけど僕たちが待っている広い部屋には本は一冊もなかった。
「それはここがラウンジ……まあ自由に使える客間ですからでしょう」
「へー」
結局僕はお風呂には行っていない。邪竜ちゃんを牽制しながら待っていたら、お菓子を見つけてきたお弟子さんが戻ってきて「風呂は公共浴場に行かないと、図書館には無いのでは?」と教えてくれたからだ。
なので僕は邪竜ちゃんにクッキーを食べさせている間に、やかんのお湯をかけた布で身体を拭いた。服は脱がないで、汗をかきやすいところだけ。
「姉弟子さんは大丈夫でしょうか」
お弟子さんは足をぷらぷらとさせてクッキーを噛りながら、窓の外へ視線を向けた。
「あれは平気ですよ。ちゃっかりこんな砦みたいな趣味の館作っちゃって。つまり領主に取り入ってるってことですよ」
「領主と知り合いということは、姉弟子さんもドラゴンスレイヤーの仲間ってこと?」
「でしょうねえ。もう20年近くも帰ってこないと思ったら何してるんだか」
はい? 今なんて?
お弟子さんの姿はどうみても20歳にはなっていないように見える。
それを言ったら姉弟子さんは僕より少し背が高いくらいなので、僕とそんなに変わらないくらいに見える。
そして真面目に考えた後に、村にもいた無意味に数を10倍にして告げるおばさんの冗談と同じかと気づいた。
「外、静かになりましたね」
「本当だ」
会話が途切れたところで、外から聞こえてきた鐘と人の声が収まった。窓を開けて外を覗いても、小鳥のチチチチというお喋りが聞こえるくらいだ。僕はクッキーのかけらをその小鳥に投げてみるも、驚いて飛び去ってしまった。
そして姉弟子はててててと駆けて帰ってきた。
「早かったですね」
「まあねえ。あんた達、さっき変なエルフに会ったでしょ? アレから聞いてたからね。話はすでに回してたけど、あんた達が来るのが早すぎるのよ」
どうやらエルフさんも姉弟子さんと知り合いだったようだ。
僕たちはエルフさんを空から追い越して来たからね。あれ、だとしたら「聞いてた」とは?
僕の顔を見た姉弟子さんはチンと耳元にイヤリングを鳴らして、「これで遠くの人と話せるの」と言った。便利なものがあるんだね。
「で、領主に会いに来たんでしょ?」
「違うけど」
「違いますが」
『おかわり!』
僕たちが否定すると、姉弟子さんは首を傾げた。
「じゃあ何しに来たのよ」
「お菓子を食べに来ました」
『おかしー!』
だから邪竜ちゃんのおかわりはなしね。
「私は師匠の代わりに姉弟子に会いに来ました。たまには帰ってこいと寂しそうにしてますよ師匠」
「いやよ。どうせいきなり魔法撃ってくるし」
きっと撃ってくるだろうけど。姉弟子さんも撃ちそうだけど。
姉弟子さんはクッキーで口元を汚した邪竜ちゃんに近づき、首をぺちぺちと叩いた。
「それで、この幼竜はなに? 氷漬けにして玄関に置いたらいいオブジェになりそうね」
「凍らせないで」
『冷たいのいや』
僕は邪竜山の邪竜様のことを簡単に教えて、僕が会いにいったら代わりに邪竜ちゃんが出てきたことを話した。
その間、邪竜ちゃんは姉弟子さんに首を撫でられて気持ちよさそうにしていた。猫かな?
姉弟子さんは「ふむ」と顎に手を当てて小考した。
「まあなんでも良いわ。それでこれからどうするつもり? 連れて歩くわけ?」
「そのつもりですけど」
邪竜ちゃんはクッキーを食べて満たされているので、これならしばらく静かにしているはず。
きっと街中を連れて行っても大丈夫なはず。大丈夫かな。大丈夫じゃないかも。
妹弟子さんも一緒に姉弟子さんと邪竜ちゃんを撫で始めた。
「そういえばどうやってドラゴン騒ぎを収めたのですか?」
「悪いドラゴンではないと伝えただけよ」
「邪竜ちゃんはわるい子ですけど」
それを聞いた姉弟子さんは「やっぱり氷漬けにした方が良くない?」と言い出したので、慌てて邪竜ちゃんから離した。
結局どうしようかという話だけど、お菓子を食べるだけなら買ってきて貰う手もあった。
だけど僕は手紙を預かっているし、お店も見てみたかった。
「邪竜ちゃんがちゃんと変身できれば良かったのに」
「変身ねえ。ああいうのできるのは変態だけよ」
妹弟子さんが姉弟子さんを「それどういう意味での変態ですか」と睨んだ。
「それは置いといて、一応成れるじゃないですか。人の姿に」
「なんだ成れるの? それでいいじゃない」
「成れるけど……。僕のそっくりになるので気分的に嫌なんですけど」
機嫌の良い邪竜ちゃんに頼んでみると、素直に邪竜ちゃんはうなずいて、鉛色のどろどろに溶けた。
その様子を始めて目の当たりにした僕は思わず「うわ」と声が出た。姉弟子さんは「ありえない!」と叫んだ。
そしてどろどろがろくろで形作るかのように、うにうにと僕の姿に変化した。褐色肌なところ意外は僕にそっくりだった。
「ぐひひっ」
「僕の姿で変な笑い方しないで」
姉弟子さんと妹弟子さんが「スライム?」「マナ生物?」とこそこそと話していた。
「なにはともあれ凄いわね。原初魔法よ。こうあれと願われ、意思を持ち形作られたマナ構成体。なるほどね。あんた何者なの?」
何を言っているのかさっぱりわからないけど、僕の代わりに妹弟子さんが「竜の巫女様ですよ」と答えてくれた。さらに「回復魔法が使える黄金の天使様です」と言ってしまった。
広めない方が良いと言われてたはずだけど。姉弟子さんだからいいのかな?
その話を聞いた姉弟子さんは目を輝かせて、僕の手を掴んで握りしめた。
「ここに住む気ない?」
「いいえ……」
「大丈夫。痛いのは最初だけだから」
「何する気なの……」
悪寒を感じた僕は姉弟子さんから飛び退いた。
悪寒というか、本当に冷気で寒くなっていたようで、握られた僕の手は凍りついていた。手に魔力を流して氷を解かす。
この師弟なんなの。
その様子を邪竜ちゃんは身体を左右に揺らしながら、眠そうな顔で見つめていた。
うん。早く行こうねお菓子やさん。




