45話:邪竜ちゃんと姉弟子さん
邪竜ちゃんが回復したので早速飛んでいこうと思ったけれど、お弟子さんが「荘園の近くで飛ぶのはまずいのでは?」と言い出した。
「領主の館があるようですから。あ、でも領主は住んでいないみたいですけど」
「なら平気じゃないの?」
ドラゴンスレイヤーの領主がいないなら別にいいんじゃないかと思ったけれど、そういうわけではないようだ。
ということで、控えめに低空飛行で荘園を抜けることにした。
邪竜ちゃんが羽ばたくと翼が地面に触れそうになるくらいの高さだ。
「これはこれで怖いですね……」
「速度を実感できるね……」
空を飛んでいると高さ自体の怖さはあるけれど、景色はゆっくり流れるように感じた。
だけど低いと今度は落ちた時の猶予はないし、それに景色がすごい速さで流れていった。
「これならすぐに着きそうだね。あっ! 前から馬車が!」
すんでのところで邪竜ちゃんは急上昇。僕たちは落ちないように邪竜ちゃんの背中の突起を握りしめた。
馬車の馬が驚いて立ち上がっていたけれど、きっと怪我はないだろう。多分。
「あ! 町が見えたよ! おっきい!」
「こんな場所なのにこれは中々立派な外壁がありますね」
町全体が邪竜村丸ごとくらいの大きさがあった。
邪竜村は大きいというよりただ広いだけだけど、この町は周りをぐるりと高い壁で囲んであった。
「なんで壁があるのかな?」
「それは魔物から町を守るためですよ。邪竜様で守られている邪竜村が特殊なんです」
「へぇ~」
話に聞いていた通り、特に大きい建物が三つあった。
一つは他の町でも見たのと似た建物であった。これが教会だろう。町の中央付近にある。
町の奥、北西側の建物は壁で囲まれていたので、これが城なのだろう。
そうすると、南西に近いところにある砦みたいな建物が、僕たちの目的地の図書館なのであろう。
「騒がしくなってきたね」
「急ぎましょう」
町の鐘が空までカンカンカンと響いてくる。
邪竜ちゃんにここはふざけないように事前に言ってある。
ここら辺の人達は邪竜様を知らない。そもそも邪竜村の隣の町でさえ、邪竜様のことを知る者は少なかったようだ。邪竜ちゃんが何もしなくてもドラゴンというだけで恐れられるし、攻撃されるのだ。
そして攻撃されたら本当に僕たちはまとめて死にかねない。以前の町とは違うのだ。
「早く着地して!」
『あい』
建物の天辺に着地した。天井の一部が欠けてレンガが崩れ落ちる。
「ねえ……ここじゃ目立つよね?」
「目立ちますね! でももうしょうがない! 早く降りましょう!」
僕たちが降りたところで、邪竜ちゃんの頭の上で魔法が爆発した。
その衝撃で僕は屋上をごろごろと転がった。
「攻撃された!」
『やっつけりゅ!』
「やっつけないで!?」
僕たちを屋上に置いたまま、邪竜ちゃんは飛び降りた。
そして杖を持った少女と対峙して、いくつかの攻防を繰り広げた後、邪竜ちゃんの足が氷で固められてしまった。
お弟子さんは慌てて屋上から飛び降りた。水魔法で着地して、少女に駆け寄った。
少女はお弟子さんに向かって氷の棘を飛ばした。
「あぶな! 姉弟子! 私ですよ!」
「知ってるわ。厄介事を持ってきたから殺そうと思ったの」
「いやあ、それには浅い訳が」
「とにかく。それを大人しくさせて。中に入れて隠すわよ」
お弟子さんは僕に向けて手を振った。
「邪竜ちゃん! お菓子をあげるから仲直りしようだって!」
『ぬ! わかった!』
「そんなこと言ってないけど」
ところで僕はどうやって降りればいいんだろう。
お弟子さんが手招きしたので、僕も思い切ってえいと飛び降りた。
僕の身体が泡で包まれて、地面に落ちる寸前に下から間欠泉のように水が噴き上がり、僕の身体はふわりと浮いた。
「相変わらず小器用な魔法だこと」
「相変わらずそんなでかい杖がないと制御できないようですね」
構える二人の杖に魔力の光が込められていく。
なんなの? 師匠も弟子も、とりあえず喧嘩する性質なの?
「喧嘩は後にしてよ」
「なんなのこいつ」
そして今度は標的が僕に来た。
と、思ったら、僕の姿を見て姉弟子少女は目を丸くした。
「まさかあんたが男を連れてくるだなんて……」
「え!? 僕のことが男だとわかってくれるんですか!?」
巫女服のせいで少女扱いされてきたから男とわかってくれて嬉しい。きっと良い人に違いない。
そういえば、エルフの人も僕のことを「エルシア王」と言っていたから、男とわかってくれてたみたいだ。この町を僕は好きになれるかもしれない。
「男でしょ。だって臭いもの」
それはそれでちょっと凹む。そんな臭いかな……。胸元を嗅いでみたけどよくわからなかった。
お弟子さんは僕の腕に手を絡ませた。
「そうです。彼は私の恋人ですよ。ふふん」
「違うけど」
「恋人に否定されてるわよ」
そうこうしてるうちに町の喧騒がどんどん大きくなっているので、くだらないやり取りは終わらせて邪竜ちゃんを図書館の中に押し込んだ。でかい建物で良かった。
「ふぅ。ありがとうございます。姉弟子さん」
「君に姉弟子なんて言われたくないけど?」
「あー。一応正式じゃない見習いみたいなもんなんで、私達の弟弟子みたいなもんですよ」
僕は「魔女さんに魔法について少し教わっただけです」と付け加えた。
「ふぅん。なら、この騒ぎもあのクソボケ魔女のせいなわけね」
「はいそうです」
僕は言い切った。
「それじゃあ仕方ないわね。私がなんとかしておくから、君は服を脱ぎなさい」
「はい。服を……ええ!? なんで!?」
「埃っぽいのよ。風呂に入ってる間に話は付けておくわ」
『お菓子はー?』
邪竜ちゃんちょっと待ってね。待てないね。
姉弟子さんは外へ行ってしまったし。妹弟子さんはお菓子を探しに行ってしまった。
お風呂に入れと言われたけど、邪竜ちゃん置いて入れないよね?
邪竜ちゃんがイラついて炎を吹かないように、小さな星のお菓子で時間を稼ぐことにした。
急いでお菓子を見つけてきてー!




