44話:邪竜ちゃんとえるふ
次の日。僕たちはエルシアの町へ向かった。
今の場所から馬車で三日、馬の早駆けで一日かかるという。近いと言っても距離はかなりあるようだ。
時間がかかるのもいくつか理由があり、まず街道が石造りではあるものの田舎の山道であること。(田舎道なのに石造りになっているのは、石材の産地だからのようだ)
ここから北は魔物が出現しやすい場所であること。
途中に荘園があることなどが原因だという。
つまり、直線距離ならもっと早いということで。
「邪竜ちゃん、もうひと頑張りして」
『えーやだー……』
しかし、邪竜ちゃんは怠惰モード……じゃなかった、お疲れモードになっていた。
お弟子さんが言うには、邪竜ちゃんはスライムなどと同じマナ生物であるという。魔力で構成されて魔力で動く生物だ。なのでマナが豊富な邪竜山ではご飯を食べずとも疲れ知らずであった。
ここは鉱山の近くの影響で、マナが少ない土地らしく、邪竜ちゃんの力が回復できないようだ。
「かと言ってここで留まってもどうしようもないですし。赤い石炭を少し売って冒険者を雇いましょうか」
「冒険者を?」
冒険者って魔物を退治する人たちじゃないの?
僕がそう告げると、話を聞いていたおじさんがガハハハと笑った。と、言うのも、どうやらここにいる人たち全員が冒険者らしい。
冒険者は元々は未開の地を探索する仕事であったのだが、それが転じて今では町の外で働く人たち全員が冒険者と呼ばれているらしい。開墾して新しい町を作った時に、魔物を狩るのはもちろんのこと、動物を採るのも、木を切るのも、石を集めるのも、危険に対応できて力のある冒険者が行っていたからだ。
特にマナが少ないこの町では、魔物を狩るという仕事の冒険者はいないという。マナが少ないと強い魔物も出ないから。
だからみんな、ドラゴンを見ても抵抗しようとしなかったんだね。冒険者といっても、強い魔物と戦える人たちじゃないから。
「と、言うことで、おじさん達を冒険者ギルドで雇ってきました」
「はやっ」
石を運ぶ馬車に邪竜ちゃんを乗せて、みんなで引っ張っていくようだ。
おじさんが言うには、荘園まで行けばマナが豊富な土地になるらしい。そこまで邪竜ちゃんを引っ張って、休めば邪竜ちゃんも回復する。
僕も頑張って荷を引こうとしたが、みんなに止められてしまった。
「お姫様は無理する必要はねえ。俺らに任せな!」
姫じゃないんだけど……。
お弟子さんからも、「また倒れたら困りますから、邪竜ちゃんと寝ててください」と言われてしまった。
僕と邪竜ちゃんは飴玉を舐めながら、のんびりと街道に揺られることになった。
「えっほ!」
「どっせい!」
「おーれたーちゃ どーわあーふ てつのたみぃー」
しかしおじさん達の掛け声がやかましくて眠ることはできなかった。
暇なので隣で耳を塞ぐお弟子さんに聞いてみた。
「どわあふってなんだろう?」
「あ? なんですか? どわふ? えーと、毛むくじゃらの山の種族ですね」
「ふーん。だからおじさん達は山賊みたいなんだね」
「……そういうのうかつに口にしないようにしてくださいね?」
僕はおじさん達がそのどわあふかと思ったけれど、お弟子さんが言うには違うとか。
でも歌が残っているくらいだから、血は混ざっているのかもしれませんねと言っていた。
どわあふは魔力をあまり使わないのに力持ちだと言う。だからこの地で力仕事をする人達は、どわあふが混じっているかもしれない。
「ドワーフに対してエルフっていう種族もいますよ。特性は逆ですね。邪竜村の近くの耳長族に似ています。おそらく広義的には耳長族もエルフなんですけどね。エルフは森に住んでいて、多くのエルフは森から一生出ることはありません。見た目はそうですね。ちょうど街道の先の畑に見えるあんな感じな……ええ!?」
おじさんが「荘園に着きましたぜ」と言った。
さっきエルフは森の中にいると言っていたけど、荘園にもいるんだね。耳の長い美しい女性が道に立っていた。
「普通はいないですよ。なんでエルフがいるんですか!?」
「んなこと俺らに言われても、なあ?」
お弟子さんはおじさん達が何か仕掛けたのかと勘ぐっているようだ。だけどどうもそういうことでもなく、本当に偶然にエルフと出くわせたようだ。
おじさん達の中の一人が、エルフの女の事を知っていたようだ。
「ありゃあ、人嫌いエルフじゃねえか?」
「人嫌いエルフって言うとあれか。目が合った人間を木に磔にするという」
「おっとすまねえ。俺達は用事を思い出した。ここはもう荘園内だから役目は果たしただろ。じゃあな!」
邪竜ちゃんを荷台から地面に転がして、彼らはすたこらさっさと来た道を戻っていった。
「……」
「……」
あ、エルフの女と目が合ってしまった! 殺される!
「なんとかして!」
「そう言われましても……。向こうも近づいてくる様子はないですから、ここで休憩しましょうか」
『ここ暖かい』
邪竜ちゃんは地面にぐでーとなっておやすみモードになってしまった。
どうやらマナが多いというのは本当のようだ。ならば邪竜ちゃんの力が戻れば、この道を塞いでいるエルフの上空を飛んで行くことができるだろう。
「だけどエルフって弓の名手なんですよねぇ。空を飛んでいったらきっと撃ち落とされます」
「ええ!? じゃあやっぱりここは通れないんだね。とりあえず話しかけてみたらどう?」
「それで機嫌を損ねたらどうするんですか! 私もさすがにエルフ語はわかりませんよ!」
ううん。耳長族の長老みたいに言葉が通じないと会話はできないもんね。
それはきっと向こうも同じだろう。
結局お互いに話しかけられない状態になっているので、僕たちは予定通りのんびりと休憩することにした。
お弟子さんは木のお椀に乾燥した茶葉を入れ、水筒からお湯を注いだ。
お茶請けはお菓子の悪魔の少女が作ってくれた、小さな星のお菓子だ。
ぽりぽりとかじって、お茶をすする。邪竜ちゃんの言う通り、ここは少し暖かい感じがする。邪竜山の感じに少し似てるかも。
そうしてのんびりしていたら、エルフの人が音も立てずに近づいてきていた。
僕たちは驚いて固まっていると、小さな星のお菓子を一つつまんで、口の中に入れた。
「カンペトゥ」
「ぐぁぐぉお!」
星のお菓子を盗られた邪竜ちゃんは、怒ってエルフの人に炎を吹いた。
危ない! と思った瞬間、エルフの人は手をそっと動かし、突風を吹かせた。そして邪竜ちゃんの炎を空へと逸らした。
そしてエルフの人は何事も無かったかのように邪竜ちゃんを無視して、僕の頬を両手で掴んで、僕の目をじっと見つめてきた。
「エルシア王……」
僕にだけ聞こえる呟きを彼女は漏らし、そして背を向けて彼女は去っていった。




