41話:邪竜ちゃんとスカーフ
僕は邪竜ちゃんの炎を払い、地面に倒れた男の側にしゃがみ、仰向けにひっくり返した。
「大丈夫ですか?」
「あれ? なんでそんなに背が縮んでるのお前……」
男は意識が朦朧としているのか、別の誰かと勘違いしているみたいだ。
……成長が遅くて悪かったね!
「いま治しますから」
僕は男の胸に手を当てて、僕は手に力を込めた。
魔力(体内のマナ)の駆け巡りは血の流れと共にある、と魔女さまが以前教えてくれた。
なので、血を巡らせる心の臓。そこは魔法使いにとっても弱点だと言う。
つまり、僕がそこへ回復の力を注ぎ込んだらすぐに効果が出るのではないかと考えた。
金色の光が僕たちを包み込み、男の身体の火傷がみるみるうちに治っていく。
「う……気持ち悪い……」
「あれ? 傷は治ったと思いますけど」
「そうかその力……、俺と逆なんだな」
「逆?」
治すの逆?
ということは、倒れた魔女さまは男に壊されたってこと?
なんかやっぱり許せなく思えてきたんだけど!
「ああ。マナを吸いすぎた。それよりあのドラゴンを止めてくれ」
「邪竜ちゃんなら勝利の舞を踊ってますよ」
くるくるくると赤い光の火の精霊と共に回っていた。
「マナを吸ったってことは、魔女さまが倒れたのは」
「そうだ。瞬間的に魔力の巡りが途切れるので、一時的なマナ欠乏症になる。大丈夫だ。めまいを起こさせただけだ」
男の言うことは本当らしく、魔女さまはふらふらと身体を揺らしながら近づいてきた。
そして杖を振るい、男をこんがりと焼いた。
「大丈夫ですか?」
僕は二回目の回復魔法を彼に施した。
「あれ? また過去に戻ってるのか俺?」
また彼の頭の中がおかしくなっているようだ。
僕の回復魔法の後遺症だったりしない?
「ああそうかここは……」
「魔女さまの裏庭です」
「そうだ。そうだったな……」
彼はふらふらと立ち上がった。
ふらふらの魔女さまともつれあい、二人重なるように地面に倒れた。
もう、この二人何やってんの。
「これでわかっただろう。俺の力は胸を触ることしかできない無害だ」
「害しかないように聞こえますけど」
この人からの手紙を託されたくなくなってきたんだけど。
騒ぎに遅れて裏庭に現れたお弟子さんは、この惨状を見てすっと家の中へ戻っていった。戻るな。
さてはて。
みんな、特に魔女さまを落ち着かせて、テーブルを囲う。
魔女さまと男の間に何があったのか話を聞いたところ、魔女さまが美少女悪魔たちに一目惚れして「私のモノだ!」と主張しだし、男が売り言葉に買い言葉で「俺のモノだ!」と言って仲違いしたという。魔女さまはその男の言葉から、「少女たちを不当に囲っている」と言っていたようだ。
つまり大体魔女さまが悪い。
「あの、ごめんなさい」
「いやいいんだ。理不尽な暴力には慣れている」
手を振って乾いた笑いを見せた男も、大変な境遇にあるようだ。
会話が途切れ、お弟子さんの煎れたお茶をずずと飲む。
「それで、町のあのドラゴンを連れて行くのか」
「はい。邪竜ちゃんを人間に変身させて行こうと思ったんだけど、どうもできないみたいで」
どろりと溶けて僕の姿に成れるけど、どうもあれは変身ではないらしい。
「それならいっそ、ドラゴンに乗って行けばいいだろう」
「へ?」
そんなことって……え?
「町には三つ高い建物があってな。城と、教会と、図書館だ。図書館にそこのメイドの姉弟子がいるから最初に落ち合えばいい」
「メイドじゃないです」
メイド扱いされたお弟子さんは、空いたコップにお茶を注いでくれた。
「でもまあそうですね。姉弟子に会えば大丈夫な気がします」
「ああ、ちょっかいさえかけなければ大丈夫だろう」
僕はちらりと裏庭の扉から顔を覗かせる邪竜ちゃんを見た。
邪竜ちゃんはにひひと笑った。ちょっかいかけそう。
「あとはそうだな。ドラゴンに首輪を付けるといいだろう」
「首輪ですか」
「そうだ。君とドラゴンが繋がっているのは解るが、普通の人にはそれが解らない」
「?」
「危なくない良いドラゴンですよと証明できれば、後はそこの姉弟子が話を付けてくれるだろう」
「危なくない良いドラゴン……」
僕はちらりと裏庭の扉から顔を覗かせて、準備した旅食を盗み食いする邪竜ちゃんを見た。
邪竜ちゃんはぐひひと笑った。だめかもしれない。
「でも首輪はちょっとなあ」
首輪ということは飼っているという証明になるだろう。だけど僕は邪竜ちゃんが何かしでかした時の責任は取れない。
「そうか。まあそうだよなぁ」
男は頷き、首を触った。回復魔法で身体を治したはずなのに、男の首には火傷の痕がまるで首輪のように残っていた。
「私にいい考えがあります!」
お弟子さんはお菓子を切り出すナイフを手にして、いきなり窓のカーテンを切り裂いた。
「ああああ!」
魔女さまが叫ぶも、お弟子さんは構わず一辺の長い赤い布に切り出して、それを邪竜ちゃんの首に巻いた。
そして顎の下に蝶結びできゅっと結んだ。
「これならかわいいでしょう!」
「なるほどなあ」
男は関心した様子で邪竜ちゃんを見ているので、花柄の赤いカーテンスカーフで首輪代わりになっているようだ。
邪竜ちゃんも鏡を見て、満足そうにしている。
しきりに『かわいい?』と聞いてくるのでその度に「かわいいかわいい」と答え、邪竜ちゃんは裏庭でスキップを始めた。
だけど本当に大丈夫かなあ。
「行ってきます」
邪竜ちゃんを大人しくさせて、背中に荷物を括り付け、僕とお弟子さんも乗り込んだ。




