38話:邪竜ちゃんと旅立ちの準備
裏庭を開墾したのは良いが、引き抜いた木材は特に使うあてはなく、そのまま乾燥させて薪にでもするようだ。
薪にすると聞いて、僕は休憩のお茶を飲みながら赤い木炭の話をすることにした。
魔女さまに差し上げた杖はその失敗作だったことを伝えたら、さらに驚いていた。
「と、いうことで、木炭を作る時に邪竜ちゃんが炎を吹いてしまい、そのまま土を被せたら魔女さまに差し上げた赤い木炭になったのです」
「ということは人造……いや竜造……。量産できるということか、この代物を……。他の誰にも見せていないよな?」
「あっ。魔女さまの他に、町の領主さまと、村の巫女ばあやと、耳長族にも差し上げましたよ」
魔女さまとお弟子さんはカップを持ったまま椅子からずり落ちた。お弟子さんの魔法により、中身はこぼさなかったようだ。
「凄いな君は」
「えへへ」
様子を静観していた狐少女は「褒めていないと思うのじゃが」と呟いたけど、どういうことだろう?
「でも、魔法の炎で木炭を作るだけだったら、魔女さまでもできるんじゃないですか?」
「ふむ。確かに木炭を作るためだけに高火力の炎魔法を放つということはまずありえんからな。試してみる価値はあるかもしれん」
お弟子さんが顔を輝かせて魔女さまの腕を掴んだ。
「これが成功したら師匠にも仕事ができますよ! 木炭職人魔女ですね!」
魔女さまはお弟子さんの頭に拳を落とした。
それはさておき、実験は失敗だった。
普通の木炭が一割くらい出来て、ほのかに赤い煌めきの粒が見られるくらいだ。
「まあそう簡単にはいかないか」
「だけど師匠。一応出来ているので人造魔石は成功ですよ」
「だが効率が悪すぎる」
魔女さまは炎魔法に全力を出し、貧血でふらふらになり三日くらい寝込んだ。
だけどその結果は砂金粒のような赤い火の魔石しかできなかった。
お弟子さんは顎を親指と人差し指で撫でた。髭が生えているわけではない。
「場所、使い手、それに素材が重要なのでしょうね」
「いま私の魔法がヘボいと言ったか?」
「言ってないです。構成がマナ構造体の邪竜ちゃんと、魔女であってもただの人の身である師匠は比べ物にならないでしょ」
「これでも魔法使いとして最高峰のつもりなんだがなあ」
僕はこっそり狐少女に「そうなの?」と尋ねてみた。
「わからぬ。だがわちは竜退治を共にした魔法使いの方が上じゃと思うがのう」
「誰だその女!?」
魔女さまに聞こえてしまったようだ。
「氷の魔法を使うちびっ子じゃ。わちと同じくらいの背丈の」
「氷!? 姉弟子!?」
「あいつ近くまで帰ってきてたのか!」
どうやらちらほら話しに出ていた魔女さまの弟子の一人のようだ。
「それだけで特定できるの?」
「ああ。氷魔法は希少だからな。それにチビだし」
「竜退治なんかする魔法使いなんて姉弟子くらいでしょうね。チビだし」
魔女さまより凄い魔法使いかぁ。会ってみたいな。
「あいつは今はどんな様子だ?」
「そうじゃのう。町にでかい建物を作って本を集めておるぞ」
「またへんてこなことをしてやがるな。近くまで帰ってきてるなら顔を見せろと叱りつけに行くか」
それだと自分から会いに行ってるような気がするけど。
魔女さまが美味しいお菓子があるというエルシアの町に行くつもりなら都合が良い。
「それなら僕もご一緒させてください」
「いいねえ。旅行と洒落込むか」
お弟子さんが「私も!」と手を挙げたが認められなかった。魔女の家を空けたら村人が病気になった時に困るし。
それにいつもはお弟子さんの方が珍しい食材集めにあちこち出かけているようだ。魔女さまはいつも家に引きこもっているので、それに対しては特に何も言わないみたいだけど。だけどそんな出不精な魔女さまが旅行に珍しく乗り気ということで、お弟子さんは「珍しいスパイス見つけたら手に入れてくださいね!」と紙束を魔女さまに渡して約束させることで渋々と認めた。
「いつ出発する? 今日か?」
「旅慣れしてない師匠が準備なしで出かけられるわけないじゃないですか」
魔女の徽章を発掘し、黴の生えた外套を叩いて干して、保存食に水筒に、ブーツの靴底の穴を埋め、しばらく不在となるゆえを村長に伝える手紙をしたため……。
翌日。藁を燃やすようなやる気を見せていた魔女さんは、すでに燃え尽きていた。
「めんどくさい。なんで私が弟子のために赴かなきゃならんのだ。お前行って呼んでこい」
ソファーでぐでーとなった魔女さんは、旅食のビスケットをポリポリ噛りながらお弟子さんに手を振った。
「まあそうなるとは思いましたよ」
そしてお弟子さんは僕の手を取った。
「では、邪竜山へ行きましょうか」
「え? あれ?」
町に行くんじゃなかったの? と、思ったら「赤い木炭を作る所がみたいです」とのことだ。
それに赤い木炭は金になると言った。
「どうせすでにばら撒いた後なら秘匿しても仕方ないですからね。だったら色々言われる前に売って儲けましょう!」
お弟子さんは力説した。それとお金ないと高級なお菓子は買えませんよと言ったので、僕は即座に納得した。お金大事。
そんなことで特訓中の邪竜ちゃんを呼ぶと、狐少女が「ちょうどいいところじゃ」と邪竜ちゃんの足をぽんと叩いた。
邪竜ちゃんは「むふー」と炎を漏らしながら得意げに胸を反らした。
『ふふーん』
「変身できるようになったの!?」
「まあ見てるのじゃ」
そう。町に行くには邪竜ちゃんが変身できなくてはならない。僕の姿でも双子と言えば問題ないかもしれないけど、その姿で絶対に悪さをして面倒なことになるのは目に見えてるので違う姿にさせたい。
『にゅんっ!』
ぼふんと邪竜ちゃんの身体から黒い煙が吹き出した。
ここまではいつもどおりだ。
さてどうなったかというと……。
「んっ……うーん……」
ドヤ顔の邪竜ちゃんの胸が膨らんでいた。胸というか蛇腹だけど。
「どうじゃ! やはり胸が大きい方がいいじゃろう!」
「その前に変える部分があるでしょ!」
僕は役立たずの狐少女のしっぽをむぎゅっと握った。




