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37話:邪竜ちゃんとお手伝い

 結局のところ、僕が何者であろうと、邪竜ちゃんが何であろうと、僕たちの役割は変わらない。


「おおい! この木を引っこ抜いてくれ」

「わかりました」

『ふぬぬー!』


 僕は邪竜ちゃんの背中に乗り、魔女さまに言われた木の前に立つ。

 そして邪竜ちゃんは両手でその木の幹を掴み、顔を膨らませて引っ張る。魔女さまの爆発の魔法で半分くらい吹き飛んだ土と根の残りが、ぶちぶちっとちぎれていく。


「いいぞ! その調子だ!」

「がんばれ! かっこいい!」

『ぬへへー』


 邪竜ちゃんを褒めたら気が緩んだのか、引き抜いた木が僕に向かって倒れてきた。避けきれない!

 僕が両手を広げたくらいの幅の幹が僕の眼の前に迫る。こんなのが当たったら間違いなく死ぬ。

 こんなことで僕は死ぬのか。だけど今の僕には力がある!


「ええいっ!」


 僕は両手に魔法の力を込めて、倒れ来る幹を掲げた両手で迎える。

 ずしんと手と腕と腰と足に掛かる衝撃は尋常ではない。大人だって簡単に潰れてしまうだろう。

 だが僕は持ちこたえる。むしろ足元の邪竜ちゃんが「ぐえっ」とべちゃんと潰れた。ワニみたいになってしまった。


「よいしょ!」


 僕は幹を誰もいない右手側に放り投げ、引き抜いた木はどすんと地面に横たわった。土埃がぶわっと舞い上がり、邪竜ちゃんは「へぶち」とくしゃみをして、漏れ出た炎で草花を燃やした。


「大丈夫か、巫女様」

「大丈夫だよ、魔女さま。魔法の力って凄いね」

「う、うむ。そこまでの身体強化ができるのは君と悪魔くらいだと思うが」

「そうですか? 父さんも力持ちですよ」


 石工の父さんは重い石を一人で担ぎ上げる。今思うとあれも魔法の力なのだろう。

 僕は父さんがどれだけ凄いかを手振り交えて魔女さまに伝えると、魔女さまは一度会ってみたいなとおっしゃったので、今度遊びに誘ってみますと僕は答えた。

 どうやら魔女さまの家の土台は父さんが作ったのではないようだ。石組みではなく、地面を固めて石を支柱の下に置いただけのもののようだ。

 村とも耳長族の家とも違う。もしかしたらもっと古くからある家なのかもしれない。


「もう少し広げたい。後何本か頼む」

「わかりました」


 僕たちは魔女さまに頼まれて裏庭の拡張をしている。

 裏庭の露天風呂の先には、魔女さまとお弟子さんの魔法の実験場となっていた。

 そしてほとんどの土地をお弟子さんが畑として使っていた。色んな植物を育てているようだ。


「ああ! 邪竜ちゃん様! それは違うます! ダメぇ!」


 そして邪竜ちゃんが間違えて、お弟子さんの大事な木を引き抜こうとしていた。


「ふぅ危ないところでした。これはチョコレートの実をつける木ですよ……。もう家でチョコが作れなくなるところでした」

「なんだってー!? 邪竜ちゃん気をつけないとダメだよ!」

「ぐるるぅ」


 さすがに邪竜ちゃんも反省したようだ。自らチョコレートの木をダメにしてしまったら、邪竜ちゃんだってショックで引き抜いた後の穴に顔を埋めて三日くらい動かなくなるかもしれない。


「チョコの木ってこの辺でも育つんですね。村でもいっぱい植えればいいのに」

「ふっふっふ。これは耳長族の技術ですよ。耳長族の砂糖を作るサトウキビもこの辺では育ちませんからね」

「えっ。そうだったんだ」


 お弟子さんが言うには、雪が降るような場所では枯れてしまうらしい。

 僕たちは仕事を続けながら、お弟子さんの話に耳を傾けた。


「耳長族は元々南東に住んでいた種族でして、戦禍やらなんやらで散り散りになりながらこの地にたどり着き定住したそうですよ。最も、古い時代ですので、今はもうその頃の人は生きていないかもしれないですけど」

「耳長族の長老の方も、なまりが強いだけで一応この地域の言葉のようだったね」


 僕には聞き取れなかったけど、長老の言葉は全く違う言葉というわけではなかった。きっと昔からの種族の言葉と、この辺の言葉が混じった言葉だったのだろう。


「そして彼らが森に村を作ったのは、邪竜様が赤熊と戦った伝承の地のようですね」

「あっ。森に棲む恐ろしい熊を、村の巫女が邪竜様に討伐を願い出た話ですね」


 村で伝えられる邪竜様のお話だ。

 邪竜様に願い出た最初の人が初代の竜の巫女である。竜と対話した初めての人だ。

 そこから邪竜様に贄をとして、村で成人した娘が邪竜様に会いに行く邪竜祭が始まった。


「そうそう。そして沼に棲む大蛇まで戦いに参加して三つ巴になり、空に飛び上がった邪竜様が川が干上がるほどの炎を吹いて決着した」

「あ、それで森の中でも植生が変わったんですね。この辺りに植えてある火の魔石もそういうことですか?」


 チョコレートの木の周りには、小粒ながらも火の魔石が赤く輝いていた。

 青い輝きもあるので、水の魔石も一緒なのかもしれない。

 お弟子さんから代わり、魔女さまが話を続けた。


「そうだ。魔石の原始的な使い方だな。貴重な魔石を畑のために土に混ぜ込むなんて、まともな頭じゃ現代人には出来ないことだ」

「師匠。今遠回しに私の頭がおかしいって言いました?」


 んもー。この二人はすぐに喧嘩を始める……。


「魔石ってそんなに貴重なんですね。その辺に生えてるので珍しい感じはしないんですけど」

「ああ、そうか、君は邪竜山に住んでいるんだものな。村の教えの魔石採取禁止の教えも良い。それゆえに豊かな地が守られてきたのだろう」

「あ、私の畑にあるのは魔石採取じゃないですからね! 耳長族に川の近くの土を頂いただけですからね!」


 お弟子さんの言い訳に、魔女さまははぁとため息を付いた。


「詭弁だな。邪竜村の人には見られるなよ」

「あの、僕も村人なんですけど」

「巫女様はいいんだ。私の弟子だからな」


 いつの間にか僕は完全に魔女さまの弟子扱いとなっていた。

 いまさら肩書が一つ増えるくらい別に良いんだけどね。魔女さまは優しいし色々よくしてくれるし、お弟子さんも美味しいお茶とお菓子をくれるし。

 でも、魔女さまは「一生にここに住んでも良い」と言っていたけど、それは断っておく。


 狐少女はチョコレートの木によじ登って、お弟子さんに杖でぺちんと叩かれて落とされていた。

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