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36話:邪竜ちゃんの正体

 あっさりと僕と同じ姿に変身した邪竜ちゃんだったが、他の姿になろうとするといつもどおりのドラゴンの姿に戻ってしまった。

 特訓を続けていると、魔女さまの家から美味しい香りが漂ってきて、僕たちは昼食に呼ばれた。

 狐耳の少女も一緒だ。


「わちはもっと肉が多めが良いのじゃが」


 狐少女はもちゅもちゅと口の中に肉のスープを掻き込んでいく。銀髪の少女もだったが、悪魔はすごくご飯を食べるようだ。

 僕もまあ人並みには食べるけど。邪竜山に住んでからは胃が小さくなったようで、お腹が空いててもそんなに多くは食べられない。

 なので僕の分を狐少女にあげたらものすごく喜ばれて、尻尾を触る権利をくれた。


「参考になると思ってな」


 魔女さまがパンパンと手を叩き、注目を集めると水晶玉を取り出した。

 水晶玉の中に、先ほどの狐少女が変身するところからの光景が映し出された。……僕がもみくちゃにされる所は観ないで欲しい。


「もう一度流すぞ」


 もう一度流さないで。

 魔女さまが指差した水晶玉の端には、ちょこっと邪竜ちゃんが映っていた。

 邪竜ちゃんはどろんと一度黒い泥のように溶けた上で、僕の姿に変身していた。ちょっと気持ち悪い。


「どう思う?」

「どうって……」


 水晶玉には僕が押し返す光景になり、僕の姿になった狐少女はぼふんと光に包まれ元の姿に戻った。


「なんか違いますね」


 そしてその後の光景は邪竜ちゃんがいつものドラゴンの頭に髪の毛が生える変身が映し出された。

 この時には邪竜ちゃんはぽふんと煙に包まれたようになったが、狐少女の時と同じような印象に感じた。


「あれ? もしかして邪竜ちゃんが僕の姿になったのは、変身の魔法ではない?」

「そうなりますね」


 お弟子さんが横でティーポットをテーブルに置き、杖を振るとぽぽんと身体から蒸気が吹き出して僕とそっくりの姿になった。


「ええ!? お弟子さんも変身できるの!?」

「私の場合は水の魔法ですけどね。まあ似たような感じです」


 僕の姿になったお弟子さんは僕の手を取り、それを胸に押し当てた。むにょんと柔らかい感触がする。


「うわあ!」

「もっと触ってもいいですよ?」

「やめてよ! 気持ち悪い!」


 お弟子さんは僕の姿の僕の声で誘ってきた。


「まあこんな感じです」


 お弟子さんはぽぽんと元の姿へ戻った。

 なるほど。邪竜ちゃんの変身はなんか変だ。

 魔女さまはもう一度水晶玉に映る邪竜ちゃんに指を差した。


「もしや、邪竜ちゃんはドラゴンではなくスライムなのではないか?」

「は?」

「いやいや師匠。意思を持つウーズだってあんな精巧なドラゴンもどきには成れないでしょう」


 そして魔女さまとお弟子さんは邪竜ちゃんがスライムかどうかの議論が燃え上がり、庭先で決闘が始まった。

 それは置いといて、お腹をぷくぷくに膨らませた狐少女は油まみれにして満足そうに顔を上げた。黙々と食べ続けていたのだ。


「あの竜の生い立ちを聞かせてくれんか」


 僕はいつぞやに風呂で魔女さまにした話を狐少女にした。

 そして洞窟の奥から出てきたことを話すと、狐少女は手を伸ばし、僕の口を止めた。


「……お茶を煎れてくれぬかのう」

「あ、はい」


 喉が乾いただけのようだ。狐少女はお茶をごきゅごきゅ飲むと、ぷはーっと服の袖で口をぬぐった。


「つまり邪竜ちゃんとやらは生窟(せいくつ)から生まれたばかりなのじゃな」

「せいくつ?」

「うむ。生きている穴。ここらではダンジョンと言うのじゃったか。マナが満ち、姿を変え、魔物やお宝があったりなかったりするのじゃ」


 冒険譚やおとぎ話でちらりと聞いたことがある。

 この世のどこかには人知れず開いている口があり、そこに迷い込んだものは宝が与えられる。だがその代償に命や刻が奪われる。とかなんとか。


「あっ! ということは僕と邪竜ちゃんがねぐらにしているのは、その、ダンジョンってやつなの?」

「そうじゃな。まあ穴が深く無ければ問題なかろう」


 お弟子さんがねぐらに入らなかったのはそういうことなのかな?

 変な感じがするって言ってたし。


「それでこれは邪竜ちゃんの正体の答えになるのじゃが……お主は気にする質かの?」

「え? 気にするって、そこまで言われたら気になるけど」

「と、その前に、ダンジョンとは何かを教えておこうかの」


 狐少女はむえっほんと咳をした。口から食べてた肉の軟骨が飛び出た。


「簡潔にお願い」

「うむ。ダンジョンは人の願いを叶える穴じゃ。まあ全てが思い通りになるわけじゃないがの。簡潔に言うとこうじゃ」

「へぇ?」


 言われてみれば、ねぐらで困ったことはそんなになかったかもしれない。

 それは願いが叶えられてたということなのかな。


「それで正体は……おっとその前に」

「焦らさないでよ」

「お主は邪竜様についてどう思ってるのじゃ?」

「邪竜様ですか?」


 ここで言っているのは正体不明ドラゴンの邪竜ちゃんではなく、伝承の邪竜様の話だろう。


「邪竜様は強くて気高くて格好良くて。村のみんなは畏怖と畏敬を持ってたたえているのです」

「なるほどのう。わちらの国でいう鬼や天狗と同じじゃの」

「おに? てんぐ?」


 どうやら異国にも邪竜様のような存在がいるようだ。


「まあそれは置いといての。邪竜ちゃんとは随分と印象が違うようじゃのう」

「邪竜ちゃんは邪竜ちゃんだからね。さっき言った妹みたいなもんだよ」

「やはりそうか。さて、心して聞くのじゃ……」


 狐少女の雰囲気が変わった。ぽんこつ狐から一転、凛とした佇まいとなった。

 僕は狐少女もドラゴンスレイヤーの仲間ということを思い出し、ごくりとつばを飲み込んだ。


「邪竜ちゃんは竜になったお主の妹じゃ」

「え? いや、違いますけど」

「……」

「違うよ? ほんとに」


 家でぴんぴんしてるし。

 狐少女は「そうか!」と立ち上がった。

 今度はなに?


「妹君の影響も受けておるのじゃな! つまり!」

「つまり?」

「お主と妹君の意思が創り出したドラゴン。それが邪竜ちゃんじゃ!」


 そこかしこでぽんこつ臭のしている狐少女の説を、僕は話半分に聞いていた。

 お茶をずずと飲んで少し考える。

 薄々邪竜ちゃんは邪竜様ではないよなぁとは思っていた。巫女ばあやも知っている邪竜様とは違うと言っていたし。

 それならお隠れになった邪竜様の子供なのか、それとも生まれ変わりなのかと思ったのだけど、想像する邪竜様と印象が違う。僕の考える邪竜様はもっと気高いはずだ。駄竜ちゃんとは違う。

 だから、僕が妄想で創ったドラゴンと言うならば否定する。

 だけど、妹が創ったというならば……僕は妹が地面に枝で描いた邪竜様の絵を思い出す。まんまるでご飯を食べて喜ぶ邪竜様。うん。正解かもしれない。

 あれ、でも、だとすると……。


「邪竜ちゃんは妹が妄想で創ったドラゴンだとしたら、本物の邪竜様はどこへ?」

「わちは知らぬが……ドラゴンと言ったら山頂に棲むものじゃないかの?」

「山頂……」


 邪竜ちゃんのねぐらは山の中腹だ。そこから川の上流である北に邪竜山の山頂がある。

 当然のごと、邪竜山の山頂付近へ上ることは何人たりとも許されない。

 その不可侵の地に本物の邪竜様が棲んでいると言われたら、なるほど確かにそうかもしれない。

 あれ、でも、だとすると……。


「邪竜ちゃんって偽物……?」


 つまり僕は竜の巫女ではなかった!?

 ついに巫女服を脱げる時が来たようだ!

 だが、狐少女は首を横に振った。


「本物、偽物という考えは良くないのう。竜は竜であるしそれは違いない。じゃから主は竜の巫女には変わらぬ」

「そう、ですか……」


 僕は邪竜ちゃんが偽物ではないことにがっかりした。がっかり。

 そして狐少女のもふもふの尻尾を楽しんだ。触っていいって言ってたし。だけど嫌がられて尻尾で顔をべちんと叩かれた。

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