35話:邪竜ちゃんと変身
僕は夢を見た。
夢の中であるのにそれが夢であるとわかったのは、起こっていることがデタラメだったからだ。
まず僕はお姫様になってドレスを着ていた。この時点ですでに意味がわからない。
そして邪竜ちゃんも人間のお姫様になっていた。その姿は妹に似ていた。
「お肉ぅー」
だけど声は妹ではなかった。ドラゴンスレイヤーの悪魔の少女の声だ。
少女は僕に抱きついてきて、僕の耳に息を吹きかける。
そして階段から僕を突き落とした。
「あいたっ」
頭がくらくらする。
目覚めて目に入ったのは、もはや見慣れた魔女さまの客室の天井だ。背中が痛いと思ったら、僕は床にいた。
ベッドには悪魔の少女が大の字で寝ていた。どうやら僕はベッドから突き落とされたようだ。
僕は裏庭から外に出た。まだ外は暗い。寝起きで身体が冷えていて余計に寒く感じる。
邪竜ちゃんが茹だってるお風呂はまだ湯気を立ち上げているので、僕は朝からお風呂に入った。
少しくらいぬるくなっていたとしても、邪竜ちゃんの側にいれば温かいだろう。
「はぁ」
人は衝撃の事実を三つくらい一日で叩き込まれると、全てがどうでも良くなるようだ。
ため息を付く程度には「なんだかなぁ」とは感じるけど、それぞれに付いては割とどうでもいいやと思い始めてきた。
それよりも僕は、成人した男と見られないことの方に心落ちした。
僕はもう数え年で13歳である。本来なら職に付き丁稚も慣れてくる頃だ。なんだったら冒険者にだってなれる。
僕には村に同い年がいないから違いがわからなかったけど、魔女さまにもお弟子さんにも捕まえられてくまなく身体を見られた上に「かわいい」と言われてしまっては、やはり僕は男として見られてないと自覚してしまう。
さらに悪魔の少女は同じ客室に泊まりだし、僕を抱きかかえて同衾し、そのまますやぁと寝てしまうとなれば、もはや扱いはぬいぐるみと同じであった。
それに比べれば、王族の末裔だの、悪魔だの、黄金の天使だの、どうでも良いことだ。
「もっと大事なこともあるしなぁ」
僕は邪竜ちゃんのお腹をぽんぽこ叩いた。
邪竜ちゃんは寝言で「ぐぁ」と鳴き、口からぼふっと火を吹いた。
しょーとけーきよりも美味しいお菓子。それを食べに行くには邪竜ちゃんを良い子にしなくてはならない。
悪魔の少女は言った。悪魔は「姿を変えることができる」と。
得手不得手はあるようだが、悪魔の少女も初めて会った時は大人の姿であった。
そして少女の仲間である三人目の悪魔は、変身を得意とする悪魔だという。
数日後。森の中へ入っていった銀髪の少女の代わりに、今度は狐の耳と狐の尻尾が付いた少女が魔女の家に現れた。
彼女が取り次いでくれた、三人目の悪魔だ。
「竜こわいのじゃ……」
邪竜ちゃんを見た狐少女は丸くなってぷるぷる震えた。
そして怖がる狐少女を見て、邪竜ちゃんは悪い顔でにやついた。
邪竜ちゃんは狐少女を追いかけ回し、狐少女は魔法で炎を放ち、周りの木々に引火した。
お弟子さんが慌てて家から飛び出して、水の魔法で火を消し止め、森が焼け広がるのを防いだ。
「すまないのじゃ……」
どう見てもぽんこつだった。
だけど一度だけ見せてくれた変身はすごく、僕にそっくりな姿に成ってみせた。……性別以外は。
「ふふん。胸は少し元よりも盛ってやったのじゃ」
「そりゃあ僕は男だから胸はないけど……」
「なん……じゃと……?」
そう言って僕(女)に変身した狐少女が僕(男)の身体をあちこち触ってまさぐった。
それを見た邪竜ちゃんも、ぽふんと僕(褐色)の姿に変身して、僕の身体をくすぐってきた。
「やっ、やめっ……」
家の窓から魔女さまが外の様子を覗いていて、助けてくれるかと思ったら、何やら水晶玉を手のひらに抱え集中していた。後から聞いたところ、映像を残す魔法だとお弟子さんが答えてくれた。何してんの。
つまり魔女さまは助けてくれなかったし、お弟子さんは残り火を潰して回っていた。
だからこの状況は、僕の力でなんとかしなければならない。
なんとかするのだ。
「うぬぬ……」
押さえつけてくる二人の力に抵抗し、僕は押し返した。僕の身体がマナで満たされ、血流のように体内を駆け巡っているのを感じる。
「ふんぬっ」
ぐいと力を入れたら、僕と僕(女)が上下逆転した。僕は僕(女)の手を掴んで地面に押さえつけた。
僕の眼下で僕の顔が泣きそうな顔をしているので、なんだか変な感じがする。
負けを認めたのか、僕(女)の変身が溶けて、元の狐少女の姿へ戻った。
「離して欲しいのじゃ……」
「もう、変なことは止めてよね」
ちょっと待てよ。
どさくさに紛れて、邪竜ちゃんも変身に成功してなかった?
僕(褐色)になった邪竜ちゃんは、お弟子さんに向かって走りだし、後ろからくすぐり始めた。
そして邪竜ちゃんはべしーんとほっぺにビンタを食らっていた。
「僕の姿で変なことしないでよ邪竜ちゃん!」
「げひひっ」
「変な笑い方もしないでよ!」
これじゃあますます邪竜ちゃんを町に連れて行くことなんて無理なんですけど!?




