32話:邪竜ちゃんが全ての原因
父さんの仕事場から村へ向かう途中、街道の彼方から土煙を上げて何かが走ってきた。
耳長族が前に出て横一列に並び、それぞれが猟銃や吹き矢やナイフを構えた。
そして何かは少女であり、長い銀髪をなびかせているのが見えた。
「ねえ邪竜ちゃん。あれってこの前の……」
『ぐぬぬっ』
邪竜ちゃんがぐぬぬっているので、どうやら間違いなさそうだ。
邪竜ちゃんと殴り合ったドラゴンスレイヤーさんである。
僕が「偶然ですね」と話しかけたら、彼女は「気配がしたからやってきた」と言う。
なんだろう。ドラゴンを察知する能力でも持ってるのかな?
「それで、何の用でしょうか?」
「私達ね、砂糖の交易について話をしにきたのよ」
「はい。お菓子の国を姫と聞きました」
「え、なにそれ」
どうやら違ったようだ。どゆこと?
「そうね。君には全て話しておこうかしら。魔女の家に行く道すがらにでも」
「あ、はい」
村へ向かうつもりだったのに、成り行きでまた魔女の家へ戻ることになった。
巫女ばあやに渡す赤い石炭は耳長族の方に託しておこう。
と、言うことで、邪竜ちゃんと戦っていた時の大人の姿ではなく、僕と同じ年格好の少女が隣を歩いている。そして後ろには邪竜ちゃんがあちこちうろうろしながら付いてきた。
「どこから話そうか。何が知りたい?」
「ええと、一番気になっていることは、あの、なんで服を着ないんですか?」
彼女は以前見た時と変わらず、長い布を身体に巻きつけているだけの姿であった。
「それは、私のご主人様が服を着せてくれないからよ」
「それって……」
魔女さまは一人の悪魔の男が三人の少女を自分のモノにしていると言っていた。
ということは、やはりその男がろくでもない奴ということなのだろう。
だけど、彼女は邪竜ちゃんがいたずらする時と同じ顔をしていたので、きっと先の言葉は嘘だ。
「次は?」
本当のとこは教えてくれないようなので、彼女がドラゴンスレイヤーかどうかを聞いてみた。
きっとまたはぐらかすのだろうなと思ったら、彼女は「そうよ」と素直に答えた。
「正しくは私達は協力しただけで、斃したのはエルシアの町の領主になった男よ」
「それって」
さっき父さんから聞いた町の名前のような。
「それは君の知らない人。んー? ちょっと似てるわね。君って王族じゃない?」
「ついさっきもそれ言われたんだけど……」
なるほど。僕は気がついた。さっきの僕たちの会話を彼女は聞いていて、それで僕をからかっているんだ。
「なら君は古代魔法王国の王の末裔よ。他に質問は?」
んー。
もはや疑問が多すぎて、どこから聞いたらいいのかわからなすぎるんだけど?
「そんなさらりと『君は王の末裔』とか言われても困るんですけど」
「別に困る事なんてないわ。末裔だからって何かあるわけじゃないし」
「そうなの?」
彼女はにやにやしているので、何かあるのは間違いない。
それとも王の末裔なのに竜の巫女をしていることが面白いのかな? 面白いかも。自分でもちょっとそう感じてしまった。
「まずそもそもの話をするわ。エルシアの町にはダークエルフ店主のお菓子を作る店があって、ここより南の国から砂糖を輸入していたのだけど足りなくなってきたのよ」
「はぁ。だーくえるふですか?」
「知らない?」
「さっきの耳長族の方々も、森で砂糖を作ってますけど……あっ」
そういえば耳長族が砂糖を量産する話を父さんにしていた。
「砂糖を求めてやってきたあなた方は、耳長族に砂糖を沢山作らせて輸入しようとしているのですね?」
「ダークエルフの国に行くついでだけどね」
彼女が邪竜ちゃんと戦っていたのもそのためだったようだ。
彼女の話をまとめるとこうだ。
砂糖をエルシアの町に運ぶには、西の町を通ることになる。砂糖が量産されるとなったらその利権を貴族が見逃すはずがない。
彼女はその交渉の材料として、町を脅かすドラゴンを退治することを約束した。
どちらにせよ、砂糖の交易をするのにドラゴンが近場をうろついているのは不安の種でしかない。
だが、ドラゴンを退治する前に竜の巫女が町から追い払ってしまった。
そもそもその前に、そのドラゴンは近くの村から崇拝されている。町を通過するためにドラゴンを退治したら、今度はその手前の村が通過できなくなる。
そのため、ドラゴンと殴り合いという茶番が始まった。確かに彼女はドラゴンを退治したのだ。殴り合いという、酒場での決闘みたいな対決だったけど。
「あれ? でもそれだと邪竜ちゃんはなんで戦いを受けたの?」
『勝ったらしょーとけーきくれるって言った』
「あー……」
邪竜ちゃんが勝ってくれたらお菓子の悪魔の少女と会えて、僕もおこぼれが貰えたのに。
いやそうじゃなくて。
何かが引っかかるんだけど……うーん。
あ、そうだ。
「でも、きっと邪竜ちゃんはまた町に来て騒ぎを起こすし、町が脅かされてるって問題は解決してないよね?」
そう。邪竜ちゃんはわるい子なのだ。
気まぐれで町に現れて、気まぐれで炎を吹いたら町は燃え尽きるだろう。
殴り合いなのに、ムキになったら炎を口から吐いちゃうのが邪竜ちゃんなのだ。
「他に手が……?」
「んふふっ」
ドラゴンスレイヤーの少女は突然、僕に抱きついてきて、蠱惑的な表情で顔を覗いてきた。まるでドラゴンに睨まれたかのように僕は固まった。
「協力してくれるわよね? 巫女くん♥」
「協力って? あ、ああ……」
彼女はなんて言っていた。
エルシアの町の領主は古代魔法国エルシア王の末裔で、僕は彼に似ているから同じく王族だって?
本当なのか。そういうことにしたいのか。
「同じ悪魔のよしみだし。いいでしょ♥」
ちょっといい加減自分でも自分がなんだかわからなくなってきた。
結局僕は一体何者なの?
※古代魔法国の王の末裔で竜の巫女の女装悪魔(?)




