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31話:邪竜ちゃんとエルシア王

 耳長族が目指す石工の家。つまり僕の家は、邪竜山に無い。

 というのも、邪竜山の石は邪竜様のものだからだ。そう主張するのは巫女ばあやだけど、巫女ばあやは村で一番偉いので、邪竜山で石を採ってはいけない。

 もちろん、採ってはいけないというのは、切り崩すような採掘をしてはいけないという意味だ。

 ではどこで採っているかというと、羊飼いのいる草原に岩はごろごろと転がっている。さらには昔の砦の残骸もあちこちにあるので材料には困らない。綺麗に残っている石組みなんかを切り出せば、そのまま村の新しい家を作る時に使えたりするのだ。


 そして僕たち一行の前に見えてきたのは遺跡を流用した小屋だ。

 ここは家ではない。父の作業場だ。だけど小さい頃から父に連れられて遊びに来ていたので、第二の家の感覚である。

 羊飼いと会った時の遺跡とはまた離れた場所であり、どうやらこの辺りには昔の神殿があったようだ。もちろん竜殿ではない。遺跡から採れる石には翼の生えた女神が描かれていた。

 そのせいか、邪竜様ほどではないけれど、僕にとってはこの知らない女神さまも身近な存在だ。

 小屋に近づくと、かぁんかぁんと庭で石をノミで打つ音が聞こえてきた。


「父さん、ただいま」

「ん? ああ……」


 父さんは手を止め、額に巻いている手ぬぐいをほどき、頭と手を拭いた。

 春祭りの時に会ったので、久しぶりというほどではない。積もる話もあるほどでもない。邪竜ちゃんの話はいっぱいあるけれど。

 父さんが黙って作業をしているのを僕は黙って見ていることが日常だったので、元々お互いあまりお喋りをする方ではない。


「後ろのは、変な連中だな」

「あははっ……」


 父さんは耳長族を差別的に言ったわけではない。視線は手押し車を引っ張る邪竜ちゃんに向いていた。


「耳長族の方々が取引をしたいんだって」

「言ってみろ」


 耳長族が求めたのは石臼だった。

 話によると、どうやら砂糖を量産するつもりのようだ。

 しかし砂糖は貴族の利権のはずだ。邪竜村との取引くらいならお咎めはないけど、大々的に町との交易するとなると偉い人に怒られるはずだ。

 父さんもそれを危惧したが、耳長族は「タイショー、ダイジョブダイジョブ」と両手を左右に降った。


「北ノ国、使者、来タ」


 耳長族リーダーは僕にくれたのと同じ、小さな星のお菓子を父さんに渡した。

 父さんはそれを日にかざしてちゃらちゃらと振った。


「オ菓子ノ国ノ姫。砂糖、求メタ」

「……なるほどな」


 父さんは納得し、仕事を請け負った。

 耳長族は籠の中の、製粉前の煮詰めて固めた黒いの塊を父さんに渡した。これを砕いて粉にするようだ。

 邪竜ちゃんはその砂糖の塊をひょいと一つ手に取って、口の中に放り込んだ。


「あーっ!」

『あまんまー』


 塊をごりごりと音を立てて噛み砕く邪竜ちゃんを、唖然として見つめる耳長族たち。

 ハッとしたあと、彼らは両手を叩き、「カッコイー!」と叫んだ。


「つまみ食い、ダメ! めっ!」

「ぐぅぅー」


 二つ目を手にしたので、僕はそれを掴んで止めた。

 邪竜ちゃんは「むすー」と鼻から火を吹いて地面に伏せた。ふてくされてる。


「大丈夫なのか?」

「平気だよ父さん。止めないと全部食べちゃうし」

「そうか……巫女になったんだな」


 うんそうだけど、って、父さんは僕の格好のことを言っている!?

 違うから。好きで巫女服を着ているわけじゃないから。邪竜ちゃんに服を破かれただけだから!

 父さんは「似合ってる」と言ったけど、嬉しくないから!


「恥じることはない。それは古代魔法国の王の正装だった」

「え、なにそれ」


 急に意味不明なことを言い出した父さんは、絵の描かれた銅板を取り出した。


「これだ。黄金の天使の異名を持つエルシア王。エルシアは魔法国のことだ。お前に似ているだろう」

「似てる……。似てるかなぁ。え? 男?」


 どこか見覚えのあるモチーフかと思ったら、翼の生えた女神さまだよねこれ。


「黄金の天使様は男でもあり女でもある」


 ふぅん? なんだかよくわからないや。

 耳長族は父さんとの取引が終わったので、邪竜村へ向かうようだ。

 父さんは仕事を始めたので、僕は銅板を返してみんなに付いていく。


「またな」

「うん。あ、そうだ。これ父さんにもあげる。凄い火力が出るから岩を焼くのに役立つよ」

「わかった」


 父さんに赤い石炭を渡して別れた。

 巫女ばあやに渡す分は残してある。村に行って献上しないとね。

 邪竜ちゃんは荷物の減った手押し車を再び引き始めた。馬かな?


「巫女サマ、オウゾク?」

「王族?」


 耳長族のリーダーが突然変なことを聞いてきて、僕は首を傾げた。


「エルシア王、似テル。言ッテタ」

「違うから。そういう意味じゃないから」

「ソウカ」


 耳長族にとって「似てる」という意味は「血族」的な意味があるようだ。

 父さんは、女装のことを言っていたのに。言葉の捉え方の違いに僕は思わずちょっと笑ってしまった。

 だってそれだと、父さんも王族っていうことになるし。母さんはもっと違うし。

 でも、父さんがもし王族だとしたら、発掘された黄金の天使の掘られた石や描かれた銅板を、大事に仕舞っている理由になるかな?

 なんてね。

※黄金の天使はフタナリではなく、男と女の二人います。なので「男でもあり女でもある」

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― 新着の感想 ―
[一言] 思ったよりも家族と拗れてないですね
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