30話:邪竜ちゃんと恋バナ
なんとなく僕は魔女さまの家に居候していた。
なんとなく僕は魔女さまに魔法を教わり、なんとなく邪竜ちゃんは裏庭の露天風呂を占拠していた。
春風の肌寒さもなくなり心地よく感じるようになった頃、外から手を叩く音と声が聞こえてきた。
「グオドラグゥ、カッコイー」
あ、耳長族だ。
外に出てみると、手押し車が一台と、頭に籠を乗せた三人の、計六人の耳長族が邪竜ちゃんに祈っていた。
邪竜ちゃんは以前と変わらぬままのぷにぷにの身体で胸を張った。
「買い物ですか?」
「ハイ、ミコ」
素っ気ないやり取りだが、邪険にされたわけではなさそうだ。
彼らの中の恐らくリーダーである、赤熊の時と話した方が僕にガラスの小瓶をくれた。小瓶は魔女さまの店で売られている薬が入れてあったものだ。
そしてその小瓶の中には、小粒のあの色とりどりの星のお菓子が入っていた。
「これって!」
「虹ノ精霊ガ、クレタ」
間違いない。お菓子な悪魔の少女が、耳長族の村へ訪れたのだろう。
『おかし!?』
邪竜ちゃんが僕の頭を鼻で押しのけ、ふんふんと興奮気味に僕の手の小瓶を見た。そしてがっかりした表情でしゅんと尻尾を垂らした。
『しょーとけーきじゃない』
「しょーとけーきは無理でしょ」
あのふわふわのお菓子を持ち歩く、いやそれ以前にみんな食べちゃうでしょ。
邪竜ちゃんは星のお菓子を「綺麗なもの」としか見ていない。小さすぎて食べごたえがないからだろう。
「魔女ノ家、ハイル」
「あ、はい。どうぞー」
って、僕も客なんだけど、最近は家事を手伝ったりしてすっかり僕の家の感覚になってしまっていた。
耳長族は魔女さまの取引もだけど、瓶の返却も兼ねて時々訪れているようだ。
というのも、魔女さまのガラス瓶に入った高級な薬は、瓶の値段を含むためにとてもとても高級だ。
彼らにもシャーマンによる薬草を使った治療はあるが、蛇に噛まれた箇所にかければ毒が傷口から噴き出す薬や、飲むと血になる薬など、死を救えるほどの薬は魔女さまの魔法の薬だけだ。
瓶の返却と共に差し出された一つの籠の中には、沢山の草や根や枝葉や実など、雑多に積み込まれていた。
魔女さまとお弟子さんはそれを選別し、三つに分けていった。
「何をしているのですか?」
「ああ。彼らには森の様々な恵みを採取して貰っていてな。要らないもの。使えるもの。価値のあるもの。この三つに分けているのさ」
「なるほど。耳長族が真剣にその様子を見ているのはそのためなのですね」
お弟子さんが煎れたお茶に手を出さず、一同直立したままただの仕分け作業を見ていたのは、魔女さまが欲する素材を彼らは観察していたのだ。
要らないものは、次は採ってこなくて良い。
使えるものは、場合によって採る。
価値のあるものは、優先的に探す。
魔女さまが要らないものに置いた根っこを、お弟子さんが価値のあるものに置き直して口論が始まったりした。
「こんなもの薬にも毒にもならん!」
「何言ってるんですか師匠! ガランガルですよこれ!」
「そんなものしらん!」
「この地域には無いものですし、きっと彼らの祖先が持ち込んだものなんですよ!」
ぎゃあぎゃあやり取りは続くが、どうやらお弟子さんは珍しいから価値があると判断したようだ。
だけど耳長族がある程度管理して栽培していると言うと、お弟子さんはそっと使えるものに置いた。
魔女さまはそれをさらに要らないものに置き直した。
「なんでですか!」
「ショウガでいいだろショウガで!」
「私が研究するんですー!」
耳長族の方々もなんでこんなことで喧嘩してるのかわからないだろう。
僕もわからない。
こんなことなら仕分け後に確認すればいいんじゃないかと思うけど、仕分け時に魔女さまが必要な部位と採取上の注意点を教えたりするから、後から見ただけでは二度手間になるのだ。
「あの、意見が分かれたものはとりあえず別に置いておけばいいのでは」
「確かに」
その結果、保留が山になっていくのだが、「どちらかが欲しいと判断したら使えるものでいいのでは」と意見したことであっさりと片がついた。
そして耳長族の方に「アリガト、ミコ」と感謝された。
お茶は当然冷たくなっていた。
「それにしても要らないものが多いですね。どうするんですかこれ」
「わからないものも多いので、私が研究に使うんですよ」
「全くこいつと来たら草を弄ることばかりで魔法は下手くそなままだ。どうして私の弟子はこんなのばかりなんだか」
お弟子さんが「それは師匠が悪いですね」と軽口を叩くので、ついに野外で決闘という名のおしおきが始まった。
「みんなはこの後、どうするのですか?」
「村、行ク。イシク、会ウ」
「え? 石工? 父さんに会うの?」
「トウサン?」
「あ、えっと……」
僕は彼らと共に付いていく事にした。
僕は歩きながら、彼に、僕が石工の息子なことを伝えた。
「ムスコ? ミコ、女ジャナイ?」
「うん。そうなんだ。男なんだよ僕」
「男カ……。ホントカ……。アノコ、カナシム」
詳しく聞くと、僕の罠に引っかかってしまった耳長族の子が、僕のことを女の子だと思いこんで好きになっているというとんでもない勘違いが起こっていたようで……。
悪いなぁと思いつつも、僕も邪竜ちゃんも恋愛の話には興味ないのであった。
邪竜ちゃんは手押し車に興味を持って、なぜか楽しそうにそれを引いて隣を歩いていた。
※ガランガルに薬効成分はあります。多分。




