3話:邪竜ちゃんと狩り
僕が針と糸で、上着の肘に当て布を付けていると、邪竜ちゃんが首を伸ばし、頭で僕の頭を小突いてきた。
「こらっ危ないよ!」
「けひひっ」
何が楽しいのか、続けて僕のことをこつんこつんと揺らしてきた。
僕が無視して手を動かしていても、ふんふんと鼻息を耳に吹きかけてくる。
「何か用?」
『外行こ』
そのための準備を今しているのに。
山を歩くと、服の肘とか膝とかお尻とか、どんどん擦り切れていって穴が空いてしまう。
僕はすでに一度空いてしまった穴を、内側から布で塞ぎ、さらに外側からも布を当てているところだ。さらにその間には、ふわふわした毛玉のような花を挟み込んだ。
「これでよし!」
静かになったと思ったら、洞窟の中から邪竜ちゃんの姿がいなくなっていた。
外へ出ても姿が見えない。空にも、谷の下の川にも黒い影は見当たらなかった。
すると森の中だろうか。
まあいいか、そのうち帰ってくるだろうと、僕は籠を手にして、崖に架かった縄はしごを上って森の中へと入った。
赤い木の実を見つけては、摘んで籠の中に入れていく。
僕は無防備で無警戒だが、邪竜のねぐらの近くに怖い動物や魔物が近づくことは無いことを知っていた。
だから、枝からにょろりと蛇が顔を覗かせきて、油断していた僕は思わず尻もちを付いた、
そして続けて今度は脇の茂みから、邪竜ちゃんがぬっと顔を出した。
「わわっ! びっくりしたぁ」
「ぐぁふふっ」
もしかしてずっと潜んでいたのだろうか。僕を驚かせるだけのために。
邪竜ちゃんは僕の前を横切って、枝の蛇に頭から噛み付いた。毒がありそうな蛇だったけど、邪竜ちゃんには関係なしだ。
『焼いた方が美味い』
「グルメなお嬢様だ」
火で焼いた物を好むなんて、まるで人間みたいだ。
邪竜ちゃんは自分で火を吹くことはできるけど、火力が強すぎて丸焦げになっちゃうみたい。
邪竜ちゃんは蛇を丸ごと呑み込んだあと、籠に鼻を近づけ匂いをふんふんと嗅いできた。
『これなに』
「野苺。食べる?」
くわっと口を開いたので、その中に一房放り込んだ。
もきゅもきゅと顎を動かしたあと、『すぱぱっ』と思念が飛んできた。
『狩り、行こ』
「狩りかぁ。僕なにも準備してきてないよ」
木の実が入った籠だけを手に、狩りに行くなんて言ったら村のみんなに笑われるだろう。
だけど邪竜ちゃんは首をゆらゆらと左右に傾げて、ずんずんと森の奥へと進んでしまった。
僕は邪竜ちゃんの後ろ姿を追いかけた。
邪竜ちゃんの狩りは初めて見る。
普段は動物は邪竜ちゃんの匂いや気配から逃げていくはずだけど、どうやって捕まえるのだろう。
『いた』
邪竜ちゃんはばさっと大きな音を立てて、木の枝を折りながら空へ飛び立った。
「ちょっと。置いていかないでよ!」
狩りというものは、獲物に見つからずに忍び寄って仕留めるものだ。
人間も動物もそれは変わらない。
なのに邪竜ちゃんは自分の存在をまるで隠していない。
下手なのかな?
木に登って空を覗いてみると、邪竜ちゃんはぐるりぐるりと何度も空を大きく旋回していた。
そして僕の元に戻ってきて、僕のことを左手で掴まえた。
「こらぁ!」
『つーかまえた』
いま君が掴まえてるのは僕だからね?
ついに僕のことを食べる気なの?
邪竜ちゃんは空に飛び立ち、崖の縁に向かって「ぐわぁ」と吠えた。
あまりに大きな声で、僕は目を回す。
邪竜ちゃんが崖にぎゅんと急降下したと思ったら、邪竜ちゃんの右手に僕と同じように目を回した猪が捕まっていた。大きさも僕と同じくらいだ。
ねぐらに戻って、僕と猪はぽいと洞窟に向かって放り投げられた。
僕は受け身を取り、1回2回と前転をして立ち上がった。
「投げないでよ」
『じょうず?』
「狩りは上手だったけど」
『ほめて』
「えらいえらい」
僕が褒めると、邪竜ちゃんはずいと頭を下ろして、僕の頭の上に顎を乗せて擦り付けた。
「にひひっ」
「はいはいすごいすごい。でもこんな大きい猪を僕一人じゃ捌けないないから、邪竜ちゃん手伝ってね」
邪竜ちゃんは猪の首根っこをがぶりと咥え、目を覚ました猪は「ぴぎっ」と苦しそうに鳴いた。
『子供だからおいしい』
「こんなに大きいのに子供なんだ」
かわいそうだけど、僕と邪竜ちゃんの血肉になってもらおう。
邪竜山において、邪竜様に食べられることは誇りなことだからね。猪に言っても伝わらないけど。
「川に下りよう。運んできてね」
邪竜ちゃんの爪ナイフを肩からぶら下げ、縄はしごで川へ向かう。
今日は森で採取しようと思ったのに、予定が全く狂ったな。
邪竜ちゃんに押さえつけられた猪の眼が、僕をじっと見つめる。
綺麗に解体して余すとこなく使ってあげよう。
猪の喉元に爪ナイフを突き刺した。
鮮血が川の水面に広がる。
「山と邪竜様の分け前に感謝を」
村の決まりの感謝の言葉を口にすると、邪竜ちゃんは得意気な顔をして、僕に鼻息を吹きかけてきた。




