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29話:邪竜ちゃんの魔法は口から出る

 ねぐらの谷底の川の下流。その先に少し進むと滝になっている。

 その滝壺の周りで、邪竜ちゃんは水しぶきに向かって拳を繰り出していた。

 どうやらドラゴンスレイヤーの女に負けたことが悔しかったらしく、殴り合いの特訓を始めたのだった。

 そして僕は隣で魔法の特訓をしている。


「ぬぬぬぬぬっ!」


 邪竜ちゃんを助けようとしたあの時、確かに僕の身体の中に魔力らしきものを感じた。

 それをこねくり手に集中するも、そこから炎をどうやって出せばいいのかわからない。

 僕は握っている先だけ赤い木炭になった薪を見た。

 先だけ火の魔石になっているので、まさに杖のような薪だ。


「何か唱えないといけないのかなぁ。うーん。えっと、プラムジャム!」


 確かそんな感じだったような。

 適当に口にして杖を振ってみるも、やはり何も起こらない。


「魔法の火ってどうやって出すの?」

『口を開いてぐぁってする』


 邪竜ちゃんに聞いてみたけど、答えがドラゴン式だった。

 邪竜ちゃんは両手を腰に当てて、顎をくいってしてきたので、僕は仕方なく口を開いた。


「グァッ!」


 すると本当に口から炎が飛び出て、僕は驚いて水の中に転がってしまった。


「できちゃった……」


 邪竜ちゃん式だけど。

 えー、でもこれかっこよくないな。火の酒を口に含んで炎を吹く、大道芸みたいなんだもの。




 ということで川を下って、魔女さまの家へと向かった。

 もちろん、邪竜ちゃんの力を借りたけど。お弟子さんの使った泡の魔法も僕には使えなかった。邪竜ちゃんを小舟代わりにしたのだ。


 魔女さまにお土産として、桃の砂糖漬けと綺麗な刺繍の施された布を渡した。

 布は領主さまが、町で会った時の去り際に礼としてくれたものだ。

 桃の砂糖漬けに喜んだあと、それを包んでいた布を怪訝な顔をして広げてみせた。


「これはどうしたのかね?」

「貰いました」

「貰いましたって、見覚えのある紋章が描かれているのだが」

「西の町の紋章ですね。そこの領主さまにいただきました」


 僕が持っていても顔を拭くくらいにしか使わないし、もったいないから魔女さまにあげることにしたのだ。


「領主のって……まあいい。君はこれを使うつもりはないのだね」

「はい。僕には必要ないですし」


 僕がそう言うと、魔女さまはくくくと笑った。

 何が面白いのかと思ったら、魔女さまは「家紋の入った布を贈るのは求婚」だと教えてくれた。それを聞いた僕も笑った。


「もちろん別の意味もあるがね。君が使わないなら私が使おう」

「どうぞどうぞ」


 洞窟に飾っておいても意味ないしね。道具はちゃんと使わないと。

 道具で思い出して、僕は杖っぽい薪を出した。


「……これは?」

「えっと、これを杖代わりにして僕も魔法が使えないかなと思ったのですけど、口から炎が出たんです」

「待て、どこからツッコんで良いのかわからん!」


 魔女さまはお弟子さんにお茶を頼んだ。お茶はチョコレートを溶かしたものらしく、とても甘かった。お弟子さんに、外の邪竜ちゃんにも飲ませてあげるように頼んだ。


「やっぱ、ちゃんとした杖じゃないとダメなのでしょうか?」

「いや、これはちゃんと魔法行使の媒体として貴重で価値の高いものだ。本来、魔法錫杖はこういった自然に生み出された一体型であり、人造の二部位構造ではしょせん紛い物でありロスが……」


 魔女さまがぶつぶつと講釈してくれたが、僕は分かったふりをして頷いた。


「おっとすまない。要約すると、これを使って魔法が使えないならそもそもの才能がないと言うわけだ」

「才能が……そうですか……」


 がっかり。


「だが君は、口から魔法が出たのだろう?」

「魔法というか、邪竜ちゃんに教わって『グワッ』ってしたら、あっごめんなさい!」


 ぽふんと口から火が漏れてしまった。


「すごいな。これはすごい。今日の事は書き記しておかなければ」

「あはは……」


 魔女さまは大道芸と思っているのだろう。いささか驚きすぎで演技っぽい。


「いいや私は本当に驚いているぞ。つまり君の魔法は竜魔法というわけだ」

「竜魔法?」

「うむ。原初の魔法と言ってもいいかもしれん。そうだ。君はお菓子の悪魔に会っただろう?」

「あ、はい。そうです。今日はそのことで尋ねたのでした」


 拳銃の忘れ物を、魔女さまに預けておいてとドラゴンスレイヤーの女に頼まれていたのだった。

 忘れないうちに渡しておこう。


「あれこそ原初の魔法だよ。非常に不可解で人間には理解し難い魔法だ」

「そうですね。とてもおかしな子でした」


 しょーとけーきのように白くてふわふわで、星のお菓子のようにきらめいていた。


「ところであの子は」

「いないよ。巫女様が怒って彼らを村から追い返したからね。南に向かうと言っていたよ」

「そうですか……」


 がっかり。


「惚れたのか?」

「そ、そういうんじゃないですよ!?」

「ならいいんだが」

「……やっぱり、その、悪魔だからですか?」


 僕は彼女と仲良くなりたいなとは思っていた。

 いかに無垢で害がなさそうに見えても悪魔は悪魔だ。

 悪魔は人をたぶらかすと聞いたことがある。

 人と悪魔は暮らしてはいけないものなのだろうか。僕は邪竜ちゃんと暮らしてるけど。


「そうではない。いいかよく聞け」

「はい」


 魔女さまの声が低くなった。怒りが溢れ出ている。


「私を尋ねてきた悪魔たちは、男が一人、美少女が三人だった」

「はぁ」

「そして美少女悪魔ども三人とも男のモノだと言うのだ! ああ! 思い出したら爆殺させたくなってきた!」

「ええ!?」


 爆殺って……。いやそれよりも……。


「モノって……そういう意味なんですか?」

「ああ。少なくともお菓子の悪魔とは婚姻を結んでいる。あんな小さい子と! けしからん!」

「そうなんですか……」


 がっかり。


 そしてその日、魔女さまの家に泊まったのだけども、なぜだかベッドでため息を付いたら口から火がぶわっと出て、慌てて口を閉じだのだった。

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