28話:邪竜ちゃんとドラゴンスレイヤー
ええと、この異常な光景をどう言えばいいのか。
身体の一部に白い布を巻きつけただけの、長い銀色の髪をした美女が、素手で邪竜ちゃんと殴り合っていた。
そして周りの男たちはその女のことを竜討伐者と呼んでいる。
そう。僕はその言葉の意味を理解した。
邪竜ちゃんが本気を出してはいないとはいえ、女は邪竜ちゃんと殴り合っているのだ。
「遊んであげるわ」
邪竜ちゃんの拳固を女はひょいひょいとかわし、邪竜ちゃんの腰や脚に蹴りかかっている。
邪竜ちゃんは尻尾をぶおんと振り回すも、一跳びで背中に降り立った。
すると今度は邪竜ちゃんは翼で追い払おうとするが、邪竜ちゃんの髪にしがみついてくるりと回り、顎に拳を叩き込んだ。
「ふがっ!」
「邪竜と言う割に弱いのね」
女が挑発し、観戦者たちから歓声が上がる。
邪竜ちゃんはぐぬぬと女を見下ろし、首を下ろし口を開いた。
「危ない!」
邪竜ちゃんは火を吹くつもりだ!
女は不意を突かれたのか、その場から動けていない。
いや、逃げようとしている様子が無かった。
邪竜ちゃんの炎に向かって回し蹴りをし、なんと炎をかき消した。
火の粉が背後の観戦者に降りかかり、あちあちと騒ぎを起こす。
「ドラゴンじゃなくてただのトカゲなんじゃないのぉ?」
「ぐぁぐぉお!」
挑発された邪竜ちゃんは女に飛びかかった。
しかし女は軽くひょいと後ろに跳ねて、着地した邪竜ちゃんの胸を蹴り飛ばした。
「ぎゃうぅ!」
邪竜ちゃんは苦しみ、ごろごろと地面を転がった。
「邪竜ちゃん!」
僕は観戦者たちを押しのけて、邪竜ちゃんに駆け寄った。
女は冷たい赤い瞳で僕を見下ろした。
「なんでこんなことするんですか!」
「だってドラゴンなんていたら、戦いたくなるじゃない」
それがまるで普通なことのように女は口にした。
竜討伐者……。きっと彼女は本物なのだろう。僕は確信した。
「まあ、ドラゴンじゃなくてトカゲだったみたいだけど」
『ぐぬぬっ』
「邪竜ちゃん! ダメだよ!」
ここは人も多いし町にも近すぎる。
邪竜ちゃんがもし怒りにまかせて暴れたら、被害はただでは済まないだろう。
いや、もしかしたら……、邪竜ちゃんはその果てに討伐されてしまうかもしれない。
僕ができることといったら。
「邪竜ちゃん! 大人しく逃げたら美味しいもの上げるよ!」
『先にちょうだい』
「のんきだなぁもう!」
邪竜ちゃんはぐにゅうと猫のように伸びをした。
『まだ負けてないもん』
「邪竜ちゃん!」
「まだ勝つつもりなの? トカゲちゃん」
邪竜ちゃんと女は再び殴り合いの戦いを始めた。
邪竜ちゃんは見たこともないような険しい顔で身体を振り回し、女は笑顔でかわして邪竜ちゃんを殴りつけた。
女は楽しんでいる。邪竜ちゃんをいたぶって笑っているのだ。
「僕にも、戦える力があれば……」
その時、傍観して震える僕の身体の中に、何かを感じた。
そうだ。魔女さまは僕を「闇の魔力に包まれている」と言っていた。
ならばこれは、邪竜ちゃんの力?
「うぬぬぬっ!」
魔女さまの魔法を思い出せ。
魔法の力で火柱を立てろ!
「邪魔しちゃだーめ」
だけど、僕の魔法が発動する前に、僕は女の肩に担がれた。
「うわぁあ!」
僕が暴れてもびくともしない。逃げられない。
『ちょっと休憩』
「運動不足すぎじゃない?」
僕はぽいと脇に捨てられて、女は邪竜ちゃんの前に戻っていった。
どこか違和感を感じる。どこかというか、全部が変だ。
そうだ、僕は最初に異常な光景と感じていたじゃあないか。
「それじゃ行くよ」
『あい』
なんで邪竜ちゃんとこの竜討伐者は殴り合っているんだろう。
なんでこの女に邪竜ちゃんの念話が聞こえているのだろう。
なんで邪竜ちゃんに髪が生えているんだろう。
「あっ、人の振りしてる……」
それはどうでもいいとして。
邪竜ちゃんの攻撃はどれも当たったら危険な攻撃だけど、なんか殺し合いって雰囲気じゃないんだよね。
もしかして遊んでるだけ?
「でーぶでーぶ、デブトカゲー」
『太ってないもん!』
太っては……いる。
ケーキを食べた後の邪竜ちゃんはまたぽっこりお腹になっていた。
というか、自覚してるがゆえに、暇つぶしを兼ねて戦っていただけなのでは?
そして邪竜ちゃんは息切れをして、ぽっこりお腹を丸出しにして倒れた。
女はお腹の上に立つと腰に手を当てて笑った。
それを見た観戦者たちが騒ぎ出す。
「自称ドラゴンスレイヤーの勝ちだぁ! 10倍返しだぞぉ!」
賭けしてた?
それはいいとして、女の全身が輝いたと思ったら、ぽふんと僕より年下に見える少女に変わった。
え? なにごと?
「満足したから帰るわね~」
そして少女になった銀髪の子は、ぽよんと邪竜ちゃんのお腹から飛び降りて、僕に近づいてきた。
「銃は村の魔女に渡しといてくれる? 巫女くん♥」
少女は僕の首筋を撫でて、そのまま歩き去っていった。
銃……そうか。彼女が悪魔一行の一人……。
邪竜ちゃんと遊ぶ力を持つ竜討伐者……。
それにしても目のやり場に困るので、服はちゃんと着て欲しいと思った。
「痴女の悪魔かな……」
男たちの方でまた騒ぎが大きくなったと思ったら、八百長を疑った一人の男が邪竜ちゃんに斬りかかり、尻尾でぺちんと転がされていた。




