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27話:邪竜ちゃんと領主さま

 町は当然のごとく、大騒ぎとなった。

 豪奢な服を着たお兄さんは、どこからか現れた体格の良い男4人の背後に隠された。

 そういえば領主とか言ってたなぁ。

 うん? 領主?


「領主さま!?」

「おい! 嬢ちゃんは中に入ってろ! 状況がわからぬか!」


 わからぬかというか、いま冷静になってわかりました。

 僕に叫んだ男はきっと親衛隊の方なんだろう。

 そして別の、鶏冠(とさか)がすごい兜を被った男が集う兵に向かって大声で叫んだ。


「屋根に留まっている今が好機! 射手で囲むのだ!」


 領主さまが後ろからさらに叫ぶ。


「待て! 待たぬか! 刺激してはならぬ! 竜の巫女様に任せるのだ!」


 だが、すでに邪竜ちゃんに向かって弓矢と魔法が放たれた後であった。

 だけど攻撃の手が少ない。どうやら少人数の者が、早まって攻撃を仕掛けたようだ。

 鶏冠の男は拳を握りしめ、再び叫んだ。


「冒険者のバカどもめ! 先走りおった!」


 領主さまは青ざめ「ああもうおしまいだ」と震え上がっている。

 ええと、あのくらいの攻撃じゃ邪竜ちゃんは平気だけど。

 避ける素振りすら見せず、翼をはためかせただけで弓矢も魔法も弾いた。


「あの、領主さま。大丈夫ですよ。あのくらいなら平気です」

「おお。あの程度では刺激したことにはならないか。僥倖(ぎょうこう)だな。攻撃が効かない事を喜ぶとは何ともおかしなことであるが」


 領主さまは、一人「ふふっふふっ」と笑っている。怖い。


「巫女さま、どうかお願いします。おい! 兵は冒険者を抑えよ! ドラゴンを刺激させてはならない!」

「領主様。それではこの小娘にこの町の命運を託すとおっしゃるのですか」

「小娘などではない! 竜の巫女様であるぞ!」


 僕はハッとして思わず領主さまの手を取った。


「そうです! 小娘ではありません!」


 僕は男なんです! 外に出たから領主さまは僕の顔がはっきりと見えたのだろう。

 勘違いしていたことは秘密にしておこう。お互い恥ずかしいもんね。

 領主さまは僕の手をぎゅっと握り返した。

 それを親衛隊の方は睨むように見てきたが、手を出すことはしなかった。

 よかった。すごく失礼なことをしたことに気がついて、少し焦ったのだ。そのせいで手汗もちょっと出てる。


「どうか、どうか! 町を救って下さい!」

「はいわかりました。村とは違って、広場で火を吹かれたりしたら大変ですもんね」


 村の人も最初は酔っ払って火を吹く邪竜ちゃんに驚いてたけど、巫女ばあやが涙して拝んでいたから、みんなすぐにその光景に慣れてきたんだよね。

 村の人はみんな邪竜様に毎日感謝の祈りを捧げているから平気だったけど、町であんな酔っぱらい駄竜ちゃんを見せたら大変なことになるくらい僕にだってわかる。

 ぽんぽこお腹に矢を撃ち込まれてしまうだろう。


「む、村では火を吹かれたのですか……」

「はい。10日間くらいずっと火祭りでしたね」

「恐ろしいなんということだ……。だから巫女様は村を出て、ああ……」


 領主さまは頭を振った。


「……巫女様。いつでも町にお越し下さい。館に部屋を用意しておきますから」

「はぁ」


 またなんか一人で納得してるけど。領主さまはきっと僕にはわからないことまで考えているのだろう。多分。

 僕は邪竜ちゃんに向かって手を大きく振った。おーい。


『見つけたー』


 邪竜ちゃんは教会の屋根から飛び立ち、ぐるりぐるりと滑空して店の屋根の上に着地した。

 店の屋根はみしりと悲鳴を上げた。潰れそう。

 みんな邪竜ちゃんを目の前にして尻もちを付いてひっくり返った。


「みんなが驚いてるから門の外で待っててよ」

『わかった人の振りする』

「しなくていいから」


 邪竜ちゃんの偽装は高度すぎて魔女さましか騙せないから!

 翼をばさりとはためかせ、邪竜ちゃんは町の外へ飛び立った。良かった。ちゃんと言うことを聞いてくれた。


「た、助かった……」

「本当に巫女様が退けてくれたぞ!」

「竜の巫女様はドラゴンと会話が出来るのか!?」


 僕は振り返り、尻もちを付いてる領主さまに手を伸ばした。


「あの。お騒がせしてどうもすみませんでした」


 いっそもう最初から邪竜ちゃんを連れてきて、外に待たせた方が良さそうな気がしてきた。

 いきなり来るからみんな驚くんだもんね。

 一緒にくればきっと大丈夫。だいじょばないかな……。


 領主さまは僕の手に引かれて立ち上がった。そして僕の顔をまじまじと見た。


「勇敢な方だ……。あれを目の前にして全く動じないとは……」

「まあ慣れていますので」

「そう。なんでも無いことのようにあなたはおっしゃる」


 領主さまは僕のことを抱き寄せ、僕をぎゅっと抱きしめてきた。

 そんなに怖かったのかな。


「いつでも町へいらしてください。わたくしがあなたの家族となりましょう」

「え、あの」


 思わず「いやです」と断ろうとしたけれど、そしたら不敬と言われて首を斬られそう! 危ない!

 僕を養子にしたいってことだよね? そんなの無理無理! 貴族の暮らしなんて無理に決まってるでしょ!

 そんなことになったら、邪竜ちゃんが町の食料庫を食い尽くすよ!


「邪竜ちゃんが止められなくなるので……」


 領主さまは手の力を緩めて、僕をじっと見たあと眉を寄せて微笑んで、一方後ろに下がり、手を胸に当て頭を下げた。

 よくわからないけど、貴族の礼っぽい?

 別に男同士だし、怖くて抱きついたことなんて気にしなくていいのにね?


「巫女様は一人で背負われるおつもりなのですね」

「え? あ、はい。ちょっと荷物は多いですけど」


 急に買い物の心配をしてくれた?

 あ! もしかして、部屋がどうこうって、荷物を置いていって良いってことだったのかな!?

 そういえば、僕がドラゴン素材を売ったことを調べていたんだっけ? 領主さまはドラゴン素材を欲している?

 僕は今更ながら、領主さまの考えを理解した。

 領主さまは、また一人で「ふふっふふっ」と笑っている。

 やっぱりそうなんだ!


「あの領主さま。良かったらぜひ、こちらを献上いたします!」


 僕は売る予定だった邪竜ちゃんの脱皮と、赤い石炭を袋に詰めて領主さまへ差し出した。

 珍しい物は個人で好き勝手にせず、一番偉い人にまず見せないといけないのだ。村でもそうしてきた。

 だから店のおじさんも「俺では買い取れない」と言っていたし、商人ギルドを通して領主さまへ献上するつもりだったのだろう。


 袋は親衛隊が受け取り、領主さまは「礼は必ずする」と言い残し、兵と共に去っていった。

 ふぅやっと帰ってくれたと思ったら、領主さまは足を止めて振り返った。


「そうだ聞かせてくれないか。邪竜とは一体何なのですか?」


 何と言われても……。


「えっと……邪竜ちゃんは生まれたばかりのわるい子です」

「そうか……ありがとう」


 領主さまは納得してくれたようだ。良かった良かった。

 こうして、毎度お騒がせの邪竜ちゃんによる町の問題は終わったと思っていた。

 店のおじさんの好意で、日用品と桃の砂糖漬けを貰い、町の外へ出てみると、邪竜ちゃんは裸の女の子と戦っていた。

 そしてそれを取り囲む男たちは、女の子に向かって「竜討伐者(ドラゴンスレイヤー)!」と拳を上げて応援していたのであった。

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