23話:邪竜ちゃんとおかしな悪魔
物音がしたと思ったら、ねぐらに突然魔女さまの弟子さんが現れた。
「大変です! おかしの悪魔が現れたのです!」
「おかしな悪魔だって!?」
と、驚いてみたものの、そもそも普通の悪魔を僕は知らない。
それにまた魔女さまの勘違いだったりしないかなぁ?
「師匠もやられてしまいました!」
「え!? 魔女さまが!?」
弟子さんがなぜ悪魔の話しを伝えに来たのかと思ったら……。魔女さんがやられてしまったのなら、それは本当に村にピンチかもしれない。
「それで、邪竜ちゃんの力を借りたいんだね?」
僕の知っている邪竜様の伝説は、人同士の争いに関わりを持つことはなかった。
いや、今回は相手は悪魔だから、邪竜ちゃんにお願いすれば、追い払ってくれるかも。
「いいえ! 邪竜様は逃がすべきです! あの魔法を食らったと考えたら、ああ! 恐ろしい!」
「そ、そんなに……?」
ドラゴンを討伐できるような悪魔が村に来ているだって!?
もしかして、町の吟遊詩人から聴いた、北の国のドラゴンスレイヤーなのか!?
僕が慌てて荷物をまとめ始めると、弟子さんは驚愕の表情で、崖の上を見上げていた。
「な、なんてこと……? まさか後を付けられていただなんて!」
「ええ!?」
弟子さんは後ろに飛び退いた。
洞窟の入り口のそこへ、小さな女の子が飛び降りてきた。
長い桃色の髪が、夕日に照らされなぜか虹色にきらめいている。その異様で神秘的な髪は、確かに悪魔と言われればそう信じさせられるだけの姿であった。
そしてその手には子どもには似つかわしくない、拳銃が握られていた。
「じゃ、邪竜ちゃんを撃った子……」
少女は馬車の御者台から邪竜ちゃんを狙って撃った子であった。
僕は後ろを振り返る。
邪竜ちゃんは芋のスープを飲んで、すぴーすぴーと寝息を立てていた。邪竜ちゃん!?
弟子さんは拳銃に怯まず、悪魔の少女と対峙した。
「なんてこと……。いや考えようによってはこれは好機! 私がこの子を捕まえれば……!」
つ、捕まえる……?
魔女さますらやられたという悪魔を捕まえることなんてできるのだろうか。
弟子さんがロッドを振り魔法を唱えると、魔法の縄が悪魔の少女の身体に巻き付いた!
だが、その縄も簡単にほどけて地面に落ちてしまう。
「やはり無理……。こんなかわいい子を捕まえるだなんて……!」
「は?」
確かにかわいいけれど。
あ、もしかして弟子さんはすでに魔法で操られているのかもしれない。
ふいにこちらを見たその金貨のような瞳と目が合い、僕は吸い込まれそうになる。
僕は慌てて目を閉じた。人を操る魔法は、目で魔法をかけるを聞いたことがあるからだ。
あ、だけど目を閉じたら、何も見えないじゃないか!
とてとてと歩く音が、ねぐらの洞窟の中に反響する。僕に近づいてきている。
「わっ! わわわっ! な、なにするの!」
僕は慌ててナイフを抜くが、少女は拳銃を構えることもせず、僕のことに目もくれず、まっすぐに寝ている邪竜ちゃんへ向かっていった。
僕の額から汗がにじみ出て、ぽたりと地面の土を濡らした。
ドラゴンスレイヤー。悪魔。魔女さまもやられた。脳裏に浮かぶ言葉と情報によって、僕の勘が少女を危険だと知らせている。
だけど僕はかなしばりにあったかのように動けなかった。
魔法か? いや、指先が震えている。喉が急激に乾く。足が笑って動けなくなっているだけだ。動かなくてはいけないのに。
そして、少女は両手を掲げ、邪竜ちゃんのお腹に飛び乗った。
「ドラゴンさんだー!」
「ぎぇふー!」
邪竜ちゃんでもお腹はどうやら柔らかいようで、びっくりして飛び起きた。
僕ははっとして、正気を取り戻し、邪竜ちゃんに駆け寄った。
『なにー!?』
「悪魔だよ邪竜ちゃん! えっと、おかしな悪魔だよ!」
「おかしー」
悪魔の少女がのんきな声でそう口にすると、どこから取り出したのか手のひらに琥珀色の玉が握られていた。
「あげるー」
そしてそれを邪竜ちゃんの口に突っ込んだ。
邪竜ちゃんはそれをがりごりと噛み砕いた。
『おいちー!』
「え? え?」
どゆこと?
もっと危険な戦いになるかと思ったら、なんだかほんわかしているのだけど。
「えとねー。ドラゴンさんにねー。あやまりに来たの」
『飴もっとー』
僕は状況に困惑しつつ、どうやら幼いながら言語が近しいようなので、対話を試みることにした。
「君は、その、あやまりに来たって、なんで?」
「いきなり、ばぁんってしちゃったから。そしたらね、村のおばばに、おこられたの」
村のおばば……。ああ、巫女ばあやね。
「邪竜ちゃんが、君を、驚かせたからね。君は、悪くないよ」
「とんできたから、ばぁんってしたの。おこってない?」
「怒ってないよー」
魔女さまをやっつけた悪魔と聞いていたのに、なんだか普通の女の子なんだけど。
そして弟子さんはねぐらの外でこちらをちらちら覗き見ている。
一体どういうことだろう。
『甘いのもっとほしー』
「あのお姉さんと、一緒に、山を下りられるかな?」
「えとねー。ドラゴンさんにねー。お菓子を上げるのー」
うーん。ちょっと会話が通じていない。
少女は手のひらを掲げて、うぬぬぬとうなり始めた。
そしたら突然手のひらが強く光り輝き、ぽんと苺の乗った白い切り株のようなものが現れた。
「ま、魔法……!?」
「ええ。お菓子の魔法ですよ」
弟子さんは腕を組んで、洞窟の入り口の壁に寄りかかっていた。
「おかしな魔法!?」
「ええ。おかしな魔法でしょ。私の分も分けて取ってきてください。おねがいです。ちょっとここ私には入れないので」
弟子さんは「なんでこの子たちはこの魔素の中で平気なの」とかぶつぶつと呟いていたので放っておいた。
そして少女はというと、その白いものに噛りついて、口の周りを白くしていた。
「それはなんなの?」
「しょーとけーきー」
「美味しいの?」
「おいしー」
僕はナイフで慎重にやわらかい白いのを切り取り口の中に入れてみると、今まで食べたものの中で一番甘くて美味しかった。甘いだけではなく、苺の酸っぱさも絶妙だ。これはあのチョコレートさえも上回る美味しさかもしれない。
あまりの美味しさに僕はしばし放心していたようで、僕の様子を見ていた邪竜ちゃんが『ちょうだいちょうだいちょうだい!』と念話を送ってきて、僕は正気に戻った。
気がついたら僕は手についた白いのまで舐め回していた。
少女は口を大きく開けていた邪竜ちゃんに向けて、しょーとけーきを口に突っ込んだ。
「あああ!」
と、弟子さんが叫んだ。
弟子さんの分を取り分けるのを忘れてた。
『んままーッ!! アッー! ァっー……』
邪竜ちゃんは喜び狂ってねぐらの外へ転がっていって、谷底へ落ちていった。




