17話:邪竜ちゃんと魔女の家
【おおよその位置関係】
邪竜山山頂
町 向こう山 ねぐら 森 耳長族
村 魔女の家
僕たちは魔女さまに誘われて、魔女さまの家に向かった。
魔女さまの家は村から東へ向かった森の入り口にある。
魔女さまは山や森の珍しい植物から、魔法の薬を作る。そして村の病気を治してくれるのだ。
僕と魔女さまは、ログハウスの庭の大きな切り株のテーブルを挟んで椅子に座った。
魔女様の三編みの弟子の子が、ティーカップにお茶と、籠にバケット、それにバターを用意してくれた。
「邪竜ちゃん。林檎のジャムどうだった?」
『ちょっと酸っぱくて大人のあじー』
「大人の味ではないけど」
僕たちの、いや、邪竜ちゃんは念話だから僕の一人言に聞こえる声に、魔女さまはハハハと笑った。
「邪竜様は大人の味って答えたの? 桂皮も入っていたからね」
「桂皮ですか」
「そう。林檎と砂糖と桂皮の熱冷ましの薬よ」
あらら。
邪竜ちゃんは、そんな高そうなものをぺろりと三瓶も食べちゃったのか。
にこにこ顔で付いてくる邪竜ちゃんの口から、甘い香りが漂ってくる。
「えっと。お礼は後で金貨でも……」
「金貨より、何か面白いものはないかしら?」
「面白いものですか……」
僕はずだ袋から、邪竜ちゃんの脱皮、邪竜ちゃんの歯、それと山の蜂蜜を入れた小瓶を取り出した。
それを見た邪竜ちゃんは目を輝かせ、魔女さまは目を丸くした。
「これは凄いお宝ね」
「そうなのですか?」
「それで、どれをいただけるのかしら?」
僕は全部差し上げるつもりだった。魔女さまにそう言ったら、魔女さまは僕の頭を撫でた。
「本当に全部いいの?」
「はい」
『だめー!』
邪竜ちゃんが蜂蜜の小瓶に手を伸ばしたので、僕は慌てて懐に隠した。
「これは僕の分だよ!」
「ぎゅるるるっ」
「あははっ。邪竜さまと本当に仲がいいのね。道理で」
道理で?
そうそう。魔女さまの意味深な言葉の答えを聞きに来たのだけど、その前にお礼の品を、魔女さまの弟子に家の中に運ばせた。
お礼の品は三つとも受け取って貰った。脱皮の皮だけはちょっと切り取って、魔女さまは僕に返した。
素材ではなく、研究用に使うとか。
邪竜ちゃんは蜂蜜を奪い取ろうとぎゃあぎゃあと暴れたので、魔女さまはロッドを一振りして杖の先を輝かせた。
「シレンティオ・ノクトリブレ・プリエンセンテ・ヴィシタティオ」
魔女さまが魔法を唱え、邪竜ちゃんの周りに青い霧が現れた。
そして霧の中でどさりと倒れる音がした。
僕は慌てて立ち上がるも、魔女さまに腕を掴まれた。
「大丈夫よ。大人しくさせただけだから」
「大人しくって……?」
青い霧が晴れると、邪竜ちゃんはすぴーと寝息で鼻から火の粉を出していた。
「眠りの魔法ですか?」
「いいえ。私の力ではそんな高度な魔法は、邪竜さまには効かないわ。単純な沈静化魔法よ」
「へぇ。寝ちゃいましたけど」
「お腹いっぱいになったのかしら」
よく見ると、邪竜ちゃんは寝ながら口をもきゅもきゅと動かしていた。
籠のバケットが半分に減っていた。
いつの間に盗んで食べたてたの!?
「それはさておき」
「はい」
まあ邪竜ちゃんは置いといて。
魔女さまの難しい話が始まった。
春の陽気の日溜まりが心地よくて、僕もうとうととしてしまった。
気がついたら背中に邪竜ちゃんの脱皮がかけられていて、日もだいぶ傾いていた。
なので僕は魔女さまの家に泊まっていくことにした。
邪竜ちゃんはまだ寝てたので庭に放っておこう。
「ところであの……。ほとんどというか、全く話を聞いてなくて……」
「いいのよ。君に魔法をかけたつもりはなかったのだけどね。ふふっ」
僕は改めて魔女さまのお話を聞いた。
魔女さまが言うには、僕と邪竜ちゃんの魂は繋がった状態にあるらしい。
いきなり信じられない話だけど、魔女さまは僕にもわかるように簡単に話してくれたようで、「わかりやすく言うと」を強調していたけれど。
まず、邪竜様の巫女が、邪竜様の贄という表現はあながち間違っていないということ。
僕の魂の一部は、邪竜ちゃんに食べられてしまっているという。
邪竜ちゃんの念話が僕だけに届くのは、僕と邪竜ちゃんの魂がそうして繋がっているからだとか。
「あの、広場で僕を悪人だと言っていたのは?」
「それはね。闇の魔力を持つ人間はね、悪魔と呼ばれているからよ」
「ええ!? 僕は悪魔だったのですか!?」
僕は石工の父の子どもだけど。幼い頃に母が言っていた「あなたは邪竜様のねぐらから拾ってきた子なのよ」という話は実は本当で、僕は本当の子ではなかったの!?
「ほら、邪竜様は人間の振りをしていたと、君は言っていたでしょう?」
「はい。……あっ! もしかして邪竜ちゃんがその闇の魔力というのを僕に移していたということですか!?」
「ふふっ。ほとんど正解よ。君は賢いね。私の弟子になる?」
魔女さまがそういうと、弟子の子ががしゃんと皿を落として固まった。弟子の子は謝りながら、魔法で割れたお皿をくっつけた。
「それなら邪竜ちゃんは一応、本当に人間の振りをしていたのですね」
「そうね。ふふっ。人間の振りというより、私には彫像の振りに見えたけどね」
「見た目は変わってなかったですものね」
はぁ。邪竜ちゃんは世間知らずというか。山で暮らしているし、人間じゃないから人間の振りということ自体がわかっていなかったんだね。
「さて、と。私は君と邪竜様の暮らしに興味があるわ。このあと聞かせてくれないかしら」
「あ、はいっ。ええっと」
僕が出会いから語ろうとしたら、魔女さまは僕の口に指を当てた。
「続きは一緒にお風呂に入りながらお喋りしましょ?」
「お、お風呂ですか!?」
お風呂って、温かい池に入るやつだよね!?
それに、一緒にって!?
魔女さまってそういうの気にしない方!?
魔女さまと弟子が、僕の巫女服を脱がそうとしてきたので、僕は慌てて二人の手を払った。
「あ、あの! 僕、男で……成人してるんですけど!」
魔女さまと弟子の子は二人見つめ合って、くすくすと笑った。
「面白い冗談ね。わかっているわ。お風呂と聞いて貴族の浴槽を思い浮かべて緊張したのでしょう? 天然の、川から引き入れた水を魔法で温めるのよ。君が遠慮して気にする必要はないわ」
わかってないよぉ!?
僕はひん剥かれた。
そして弟子の子は僕の裸を見て顔を赤くして、魔女さまは「あら~?」と呟き一言謝ってから、僕の手を引っ張り湯浴みへ向かった。
【補足ちゃん】
>「シレンティオ・ノクトリブレ・プリエンセンテ・ヴィシタティオ」
魔法詠唱の言葉は主人公にはわからないので、こんな感じに聞こえたという表現でしかないです。
>「君は人間の女の子の振りをしているね? 隠しても私にはわかるのだよ」
前回のこれは「正体は悪魔なんだろ? ん?」と魔女さまは調子こいた上に大外ししてたです。




