16話:邪竜ちゃん人の振りをする
僕は町に下りて邪竜ちゃんの脱皮を売る決意をした。
そしてそのお金で、ちゃんとした服と、甘いものを買ってくるのだ。
僕が町へ行くと邪竜ちゃんに伝えたら、邪竜ちゃんも一緒に行くと言い出した。
「だめだよ。また町が騒ぎになっちゃうよ」
『一緒に行くのー』
僕は、かまどで寝てる燃えるウリ坊をちらりと見た。火の精霊が化けたウリ坊。
邪竜ちゃんも人の姿になれたら一緒に町にいけるけど。
そんな僕の考えを読んだのか、邪竜ちゃんは『人になるー』と言い出した。
「人に化けられるの!?」
「むふーっ」
胸を反らす邪竜ちゃん。ぷにんとつるぺたな赤黒い蛇腹が見える。
邪竜ちゃんが『うにゅにゅにゅー』と思念で唸りながらぐっと目を閉じると、ぼふんと黒いもやが邪竜ちゃんを包んだ。
そしてそこにはなんと、黒髪の生えた邪竜ちゃんが現れた。
『人になれた!』
「なれてないよ邪竜ちゃん!」
角の周りにうねった黒髪がふさふさっと生えた邪竜ちゃん。どこからどう見てもドラゴンだった。髪が生えた以外に変化は見られない。
そんな邪竜ちゃんは頭を振って満足そうだ。
『町いこ』
「行けないよ邪竜ちゃん!」
邪竜ちゃんにとって人かどうかの差って髪の毛だけなの!? ハゲのおじさん見たらドラゴンに見えるの!?
いや待てよ。僕にだけドラゴンの姿に見えてるのかもしれない。幻術って、違う姿を見せたい者に見せる魔法だと、村の魔女さまから聞いたことがある。
うーん、だけど。
『かんぺき』
姿を見せかけているだけだと、どっちにしろ町の門は通れないし道も歩けないよね。
「そうだ! 先に村へ行こうよ」
『甘いのはー?』
「村にもあるよ」
あるよ。秋の林檎で作るジャムがまだ残っていたらね。
邪竜ちゃんをなんとか説得して、僕たちは村へ向かった。
今回の僕は邪竜ちゃんの背中に掴まって飛んだ。
怖い。めちゃくちゃ怖い。
邪竜ちゃんの手に掴まれて飛ぶのはいつ落とされるかわからない恐怖だけど、背中だと僕は必死に背中の突起に掴まっていないと落ちてしまう。
乗っていたのはほんの短い時間だったはずだけど、僕の手は汗でびっしょりになってしまった。
邪竜ちゃんは村の広場に降り立って、僕は地面に落とされごろんと転がった。
村の人も邪竜ちゃんに驚いてごろんと転がった。
「おお邪竜様。何用でございますか」
巫女ばあやが杖を突きながら現れて、僕は邪竜ちゃんに甘いジャムを食べさせに来たことを伝えた。甘いって言わないと、酸っぱいジャムもあるからね。
巫女ばあやは「ふむふむ」と頷き、連れの巫女さんを使いに出した。
そんな中、珍しく邪竜ちゃんは静かにおすましして立っていた。人の振り?
「巫女ばあやさま。邪竜ちゃんが人に見えますでしょうか?」
「ふむ? 言っとることがよくわからぬが。そうじゃな。髪の毛らしきものは見えるようじゃが」
「ですよね」
やっぱりダメじゃん! 邪竜ちゃん!
なんで得意気なの! 邪竜ちゃん!
困ったことに邪竜ちゃんは自信満々なのであった。これならショックでいじけてくれた方がまだましだ。
しばらくすると、巫女さんが籠に瓶を入れてやってきた。ジャムがあったようだ。
それに連れて、黒いローブのお姉さんも一緒にいた。村の魔女さまだ。
巫女ばあやが魔女さまに驚いた様子だったので、ばあやが呼んだわけではないようだ。
「これはこれは魔女さま。どうなされましたか?」
「何やら悪い人間が村にやってきたようでね。様子を見に来たのさ」
「おおなんと。村にそのような輩がおるのか」
魔女さまは邪竜ちゃんを見て、そして僕を睨むような目つきで見た。
なんか悪いことしたかな。したかも。邪竜ちゃんを連れてきて、ジャムを食べさせたいだなんてわがまま言ったし。
「彼女は一体……?」
「甘味を求めて参られたのじゃ。このジャムは魔女さまの物かの?」
「うんうん。聞いてはいたが、これは。魂が人間のものだね」
ええ!? 心の中で僕は叫んで驚いた。
もしかして邪竜ちゃんは魂を人間の振りしているの? 姿ではなくて?
「君。大人しくしていてくれるかね」
邪竜ちゃんは本人は人間の振りをしているので、珍しく大人しくしていると思うけど。
魔女さまは邪竜ちゃんではなく、なぜか僕の手を取り、両手に魔法の枷をはめた。
「え? え?」
「君は人間の女の子の振りをしているね? 隠しても私にはわかるのだよ」
魔女さまは突き刺すような目で僕を見て、口だけにやりと笑ってみせた。
「女の子の振りっていうかその! 着るものが巫女服しかなかったんです!」
「ふふ。そんなかわいいごまかしは効かないよ。私はね、闇の魔力が君を包んでいるのが見えるのだよ。君は悪い人間なのだろう? ほら、正体を見せてごらん」
「どゆことー!?」
僕は悪い人間だったのー!?
魔女さまが軽快にロッドを振ると、僕はぼふんと白い煙に包まれた。
何か変わった感じはしない。
「ぼ、僕の正体とはいったい……?」
「あれおかしいな。こんなはずでは……。私の魔法が効かない……? 私よりも魔法の力が上だと言うの……?」
魔女さまはよろよろと後ずさった。
唖然としている僕の代わりに、巫女ばあやが魔女さまへ話しかけた。
「その子は邪竜様の巫女に選ばれた方じゃ。力を持っているのは当然じゃよ」
巫女ばあやがうむうむと頷いているけども、僕には話がさっぱりわからない。そしてばあやの言うような力もない。
魔女さまは今頃気がついたかのように、邪竜ちゃんを指差した。
「で、ではもしや、あの邪竜様の像は、像ではなく、本物……?」
「ふぇっひっひっ! 像なんかではありゃあせん。邪竜様は本物じゃよ」
「え? なんで? だって……そんな……。それじゃ邪竜様は……邪竜様の魂は……」
僕は失礼ながら、震える魔女さまの肩に手を置いた。
「あの。そんなことよりこの魔法の枷を取って欲しいのですけど」
魔法の力が僕の方が上とか嘘でしょ。だってこの魔法の枷はガチガチだもの。
僕が魔女さまの肩に触れると、枷はパリンと割れて消えた。
ふぅ。
「ところで邪竜ちゃん。いつまでそうしているの?」
『んー? 人間の振り終わり?』
「うん。みんなに邪竜ちゃんってバレてたよ」
『ええーなんで?』
邪竜ちゃんはぼふんと黒い煙を出して、邪竜ちゃんの黒髪は消え去った。やっぱり髪の毛の差しかわからない。
すると、魔女さまは目を見開いて「ほほほ本当に本物の邪竜様ぁ!?」と驚いて潰れた蛙のように礼拝した。
……うん。なぜか魔女さまには邪竜ちゃんの人間の振りが効いてたみたい。
「邪竜ちゃ……いや、邪竜様は最初からあの姿でしたよ?」
「ふ……ふふ……そうね。邪竜様はあの姿よね……。邪竜さまは一体何をしていたの?」
「えっと。人間の振りをしていたみたいですけど。何か変わっていたのですか?」
「ええ、ええ。見えすぎるのも困るものね。だけどふふ……人間のふりね……んふふふ」
魔女さまはマナが見えるとか、魂が見えるとか言ってたもんね。
魔女さまはその後もずっと一人でくすくすと笑っていた。頭おかしくなったのかな?
その隣では邪竜ちゃんはジャムの瓶に舌を突っ込んで、幸せそうな顔をしていた。
ところでうやむやになったけど、僕が悪い人だとかは一体なんだったのだろう?
……悪いのは邪竜ちゃんだよね?




