表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

約束しましょう

 

 絶え間なく耳に届くのは穏やかな波の音。仕事終わりにアークさんが連れてきてくれたのは、王城の東に位置する白浜でした。

 先日降りた小浜とは違い、どこまで続くか分からないほど大きな浜辺。時折海鳥の鳴き声が遠くから聞こえてきます。夕方の潮風は冷たいけれど、左程寒さを感じないのはアークさんの大きな手が私の肩を抱いているからでしょう。

 しばらく美しい浜辺を散歩していたら、ふとアークさんが足を止めました。


「ミナミ」

「はい」

「『天地の竜』という物語を聞いたことはあるか?」

「天地の、竜?」

「あぁ。護国の民なら幼い頃から聞かされる御伽噺だ」

「……初めて聞きました」


 アークさんはどこまでも続く青い海へ視線を向けました。


「はるか昔、この世界には雲間に住む天竜と大地を駆ける地竜がいた。全く異なる場所に住む二つの種族。だがある日、地竜は見上げた空の中に天竜を見つけ、恋をした」

「…………」

「だが、大地で暮らす地竜に天へ昇る術は無い。天竜と地竜は決して交わることの無い存在なのだ。けれど地竜は諦めなかった。仲間達に宥めすかされ、なじられ、見放されても願い続けた。天竜へ会いに行く為の翼が欲しいと」


 そこでアークさんの言葉が一旦途切れました。私はそっと自分の肩に置かれたアークさんの手に、自分の手を重ねます。


「それで、……地竜はどうなったのですか?」


 するとアークさんの腕にほんの少しだけ力が篭りました。


「どれだけの年月が経ったのか分からない。けれど気づけば、地竜の背には一対の翼が生えていた」

「では、天へ?」

「あぁ。地竜は得た翼で天へ昇り、そして自分がずっと焦がれていた天竜を見つけた。天竜もまた、雲間から地竜の姿を見つめ続けていたのだ」

「……素敵なお話ですね」

「そしてこれは歴史でもある」

「歴史?」

「そうだ。この時交わった地竜と天竜の子孫。それが我々護国の民なのだ」

「そうだったのですか……」

「だから俺は、勇敢な先祖と同じように己の心を貫き通そうと思う」

「え?」


 目を丸くする私の前で、アークさんはその場に膝を着きました。そして私の左手を取り、立ったままの私を見上げます。


「アークさん?」

「アヅマ・ミナミ。私の天竜。君の故郷が遥か遠く、天のように手の届かぬ場所にあるのだとしても、大地を這う私が君を想い続けることを許して欲しい」


 それはとても嬉しい言葉。けれどそこに隠されたアークさんの誤解に私は気づいてしまいました。だから一つだけ、訂正しなくてはなりません。


「アークさん。私は、その言葉をお受けすることは出来ません」

「……そう、か」

「だって私は、手の届かない故郷になんて帰るつもりは無いのですから」


 アークさんの先程の言葉は、私が東京に帰っても想い続けてくださる、という意味でした。でもね、アークさん。私は貴方の居ない場所に帰るつもりなんて最初からないのです。


「……な、に? しかし君の同郷の者達は……」


 最後まで言葉を聞かずに、私はアークさんの頭を抱き寄せました。そしてお互いの体温を確かめるようにぎゅっと腕に力を篭めます。


「私も天竜と同じです。故郷よりも仲間よりも地竜が、アークさんが大切なのです。ずっとここに、……アークさんの傍にいさせてください」

「ミナミ、君は……。ここで、この国で、生涯俺のつがいでいてくれるのか?」

「はい。喜んで」


 だからね、アークさん。貴方もずっと私の地竜でいてくださいね。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ