約束しましょう
絶え間なく耳に届くのは穏やかな波の音。仕事終わりにアークさんが連れてきてくれたのは、王城の東に位置する白浜でした。
先日降りた小浜とは違い、どこまで続くか分からないほど大きな浜辺。時折海鳥の鳴き声が遠くから聞こえてきます。夕方の潮風は冷たいけれど、左程寒さを感じないのはアークさんの大きな手が私の肩を抱いているからでしょう。
しばらく美しい浜辺を散歩していたら、ふとアークさんが足を止めました。
「ミナミ」
「はい」
「『天地の竜』という物語を聞いたことはあるか?」
「天地の、竜?」
「あぁ。護国の民なら幼い頃から聞かされる御伽噺だ」
「……初めて聞きました」
アークさんはどこまでも続く青い海へ視線を向けました。
「はるか昔、この世界には雲間に住む天竜と大地を駆ける地竜がいた。全く異なる場所に住む二つの種族。だがある日、地竜は見上げた空の中に天竜を見つけ、恋をした」
「…………」
「だが、大地で暮らす地竜に天へ昇る術は無い。天竜と地竜は決して交わることの無い存在なのだ。けれど地竜は諦めなかった。仲間達に宥めすかされ、なじられ、見放されても願い続けた。天竜へ会いに行く為の翼が欲しいと」
そこでアークさんの言葉が一旦途切れました。私はそっと自分の肩に置かれたアークさんの手に、自分の手を重ねます。
「それで、……地竜はどうなったのですか?」
するとアークさんの腕にほんの少しだけ力が篭りました。
「どれだけの年月が経ったのか分からない。けれど気づけば、地竜の背には一対の翼が生えていた」
「では、天へ?」
「あぁ。地竜は得た翼で天へ昇り、そして自分がずっと焦がれていた天竜を見つけた。天竜もまた、雲間から地竜の姿を見つめ続けていたのだ」
「……素敵なお話ですね」
「そしてこれは歴史でもある」
「歴史?」
「そうだ。この時交わった地竜と天竜の子孫。それが我々護国の民なのだ」
「そうだったのですか……」
「だから俺は、勇敢な先祖と同じように己の心を貫き通そうと思う」
「え?」
目を丸くする私の前で、アークさんはその場に膝を着きました。そして私の左手を取り、立ったままの私を見上げます。
「アークさん?」
「アヅマ・ミナミ。私の天竜。君の故郷が遥か遠く、天のように手の届かぬ場所にあるのだとしても、大地を這う私が君を想い続けることを許して欲しい」
それはとても嬉しい言葉。けれどそこに隠されたアークさんの誤解に私は気づいてしまいました。だから一つだけ、訂正しなくてはなりません。
「アークさん。私は、その言葉をお受けすることは出来ません」
「……そう、か」
「だって私は、手の届かない故郷になんて帰るつもりは無いのですから」
アークさんの先程の言葉は、私が東京に帰っても想い続けてくださる、という意味でした。でもね、アークさん。私は貴方の居ない場所に帰るつもりなんて最初からないのです。
「……な、に? しかし君の同郷の者達は……」
最後まで言葉を聞かずに、私はアークさんの頭を抱き寄せました。そしてお互いの体温を確かめるようにぎゅっと腕に力を篭めます。
「私も天竜と同じです。故郷よりも仲間よりも地竜が、アークさんが大切なのです。ずっとここに、……アークさんの傍にいさせてください」
「ミナミ、君は……。ここで、この国で、生涯俺の番でいてくれるのか?」
「はい。喜んで」
だからね、アークさん。貴方もずっと私の地竜でいてくださいね。




