翼がなくとも
そこに至るまでの経緯は良く覚えていない。
気がつけばミナミを抱えたまま自宅の屋敷に帰ってきていた。玄関をくぐってそのまま俺の部屋へ直行し、暖炉に火をくべることも忘れてミナミをベッドに沈める。暖炉なんて必要ない。こうしてミナミを抱きしめていれば温かい。
竜の本能のまま番を自分のものにしたくて、ただひたすらに彼女の名前を呼び続けた。唇が重なっている間だけは自分の胸の中で彼女を呼んだ。それに答えるように乱れた呼吸の合間に俺の名前を呟く彼女が愛おしかった。
服を脱がせて素肌に触れれば、予想通り彼女の肌は柔らかくて甘い。いつまでも触れていたい柔肌。同時に喰らいつきたくなるのは竜の本能か。歯を立てる代わりに何度も白い肌に吸い付いた。白が赤へと変化すれば、俺の飢えが和らいだ。
誤算だったのは彼女の熱さ。彼女の熱が俺の熱を呼び起こして止まらなくなった。零す涙も漏らす声も何もかもが甘くて、触れ合った部分が信じられないくらい熱くて、俺の心が、そして本能が満たされていく。ミナミと言う小さな娘の存在一つで俺が満ちていく。寂しさ悔しさ虚しさ。今まで俺を苦しめていた様々なものが胸の内の甘い甘い何かで塗りつぶされていく。
ふっと思った。幸せだ、と。
想いのままに彼女をかき抱いて、満足した頃とうに夜は更けていた。
(無茶をしてしまったか……)
自分の腕の中で眠るミナミの頬をそっと撫でる。此処まで来てしまったら後は腹を括るだけ。どれだけ周囲に反対されようと、己の意思を貫き、彼女を守り通すだけ。
(ミナミ……)
竜の寿命は長い。純粋な人である彼女と添い遂げる為には彼女を後天的に竜に近い体にする必要がある。それは子を残す為にも必要で、成し遂げる為には少しでも早く彼女と婚姻を交わすのがいいだろう。
そんな冷静な判断とは裏腹に、婚姻を交わして彼女を己のものだけにしたいという本能的な部分が働いているのも事実。一時期騎士達がミナミに求婚まがいなアプローチをしていた事も含め、彼女は自分のものだと一刻も早く知らしめたい。けれど同時にそれは彼女を自分の立ち位置まで押し上げてしまう事にもなる。常に衆目に晒され、貴族達から侮蔑の目を向けられるあの場所に。
(怯えるな。俺が護るのだ。ミナミを傷つけることなど許さない)
今まで非難を受けるのは自分だけで良かった。だから表立ってそんな輩を排斥する事もしなかった。でもこれからは違う。護るものが出来たのだ。容赦など必要ない。
ミナミ。俺の天竜。俺だけの天竜。彼女を悲しませるものがあるのなら、俺がそれを取り除こう。竜化せずとも彼女を護る腕が俺にはある。牙の代わりに剣を振るおう。翼の代わりに大地を駆けて行こう。それは翼を得る前の地竜に似ている。仲間から見放されてもたった一人で天竜を求め続けた地竜の姿に。
既にミナミは俺の腕の中にある。幼い頃から焦がれていた翼など、俺にはもう必要ないのだ。




