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呼ばれています

 

「あ……」

「ん? どうしたんだい?」

「あ、いえ。何も」


 シェルベ先生のお手伝い中に思わず手を止めてしまいました。

 どうしてでしょう? この感覚は雨が降る、と感じた時と同じです。けれど窓から空を見ても雨が降りそうな気配はありません。なら、雨はどこに?


(アークさん?)


 根拠などありません。けれどそう思ったのです。アークさんの、あの綺麗な空色の瞳に雨が降る、と。


「先生」

「ん? なんだい?」

「アークさんが、今どこでお仕事しているかご存知ですか?」

「そうだなぁ。夕刻前だから、多分陛下の護衛が終わって宿舎に戻ってくる頃だと思うが」

「すいません。ちょっと出てきます」

「出てくるって、おい、どこに……」

「直ぐに戻ります!!」


 私は宿舎の廊下を走ります。行儀が悪い事は分かっていますが、王城内とは違ってほとんど騎士さん達しか出入りの無い宿舎の中はあまり走っても叱られません。それに、アークさんは多分、ここには来ない気がしたのです。今すぐ彼の傍に行きたいのに。


(アークさんなら、どこへ行くのでしょう)


 私はアークさんが誰よりも大切ですが、まだ知り合って一月も経っていません。彼について知らない事は多く、いえ、知らないことの方が多いでしょう。それでも私はアークさんを諦められません。例えこの想いが叶わなくとも、少しでも長く傍に居たいのですから。だから、今彼がどこにいるのか分からなくても、私は走らなければならないのです。


「あっ……」


 慌てていたからでしょう。宿舎の出口で入ってきた方とぶつかってしまいました。すいません、と謝って顔を上げれば、そこには見覚えのある男性の姿。


「そんなに急いでどこへ行くんだい? お嬢さん」

「アクリア殿下……」


 そう。私がぶつかってしまったのは蒼の国第一王子アクリア様でした。こうして傍で見ると、目も髪の色もアークさんとは違って深い海のような瑠璃色をしています。背が高く、アークさんより細身です。けれど余裕を感じさせる男性的な低い声が良く似ていらっしゃいますね。

 私は頭を下げて殿下に道をお譲りしました。


「失礼致しました」

「いや、私は大丈夫。そんなに畏まらないで。一度貴方とは話をしてみたいと思っていたんだ」

「え?」

「貴方が、私の弟が保護したというミナミさん、でしょう?」

「……はい。左様でございます。私の話はアーク殿下から?」

「えぇ。勿論」


 失礼の無いように言葉を改めながら、それでも内心焦っていました。今この瞬間にもアークさんの下へ駆け出したい心境なのです。


「あいつなら多分小浜にいるよ」

「……こはま?」

「城の裏手から崖下へ伸びてる石階段があってね。そこから海へ降りる事ができるんだ。陽が当たらなくて滅多に人が来ない小さな白浜で、昔からアークは一人になりたい時にそこへ行くんだよ」

「っ! ありがとうございます!!」


 私はアクリア殿下にお礼を言って再び駆け出しました。急いでいる理由など話していない筈なのに、何故殿下がアークさんの居場所を教えてくれたのか気にはなりましたが、雨が降り出さない内に早くあの小さな空を抱きしめてあげたかったのです。

 

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