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手の届かぬ未来

 アクリア兄上が住まいとしている別宮では王太子妃であるソシエル様も暮らしている。そして竜の夫婦の例に漏れず仲の良いお二人の間には三年前、第一子となるアマリオン様が誕生した。アマリオン様は男児。国の跡継ぎとして生まれた幼い王子の誕生は国の誰もが歓迎し、祝福した。

 そしてその裏で俺は一人安堵していた。これで王座を継ぐ者が出来た。その事実は周囲の侮蔑に耐えられず、王位継承権を放棄した自分への卑怯な慰めであった。

 騎士舎へ戻りながら俺は先程の貴族の進言を思い出していた。


(婚姻、か……)


 確かに竜の本能を捨て、血を濃く残す事だけを考えれば、あの男の言った事も間違いではない。それに従うならば、俺がミナミを求める事など当然許されたものではない。彼女の故郷には竜という生物は想像上の生き物で、存在すらしていないと聞いている。つまり彼女には竜の血など一滴も流れていないのだ。護国の一般人よりも竜の血が薄い娘。


(だが、間違いなく彼女は俺が心から望む俺のつがいだ)


 表に具現化されない竜の本能がそう告げている。ずっとずっとこの地に生れ落ちた瞬間から探し求めていたのは彼女なのだと。

 何百年何千年と生きる竜からすれば、人の寿命などあっと言う間だ。だが、竜にとってつがいは生涯ただ一人だけ。

 竜の血が濃い自分と添い遂げてもらうには、まず彼女の体を竜に近いものにしなければならない。その為には少しでも早く彼女を自分の妻にすることが必要不可欠なのだ。けれどそれは出来ない。その道だけは選んではいけない。


(彼女は、違う世界の人間だ……)


 あまりに身分の違う者を“違う世界に生きる人間”と形容する事はあるが、彼女の場合は文字通り世界そのものが違う。どうやら他国にもミナミと同様の娘達がいるらしいが、皆故郷へ帰りたがっていると言う。当然だ。突然知らない場所に迷い込んだ彼女達には、元の世界に家族も友人も、そして恋人だっているだろう。ミナミが自分の前では決して『帰りたい』と口にしなかったから、レビエント殿下の話を聞くまで気づけなかった。俺は愚かだ。


 彼女は“竜の生態”を知らない。だから竜独特の求愛行為にも気づかない。口に出来ずに燻っていた想いを密かな求愛行為で誤魔化していたが、それもここまで。同郷の人間に会ったミナミはこれまで以上に故郷への想いを募らせている事だろう。未だに自分からそれを口にはしないのは、帰郷を諦めているからなのか、それとも俺に遠慮しているのか。


 兄上を羨ましいと思うことはこれまでもあった。尊き蒼竜の姿で空を舞う姿を見た時、衆目に認められ、尊敬の眼差しを集めている時。けれど今一番羨ましいのはつがいの事だ。自分が心から望む者と番い、そして愛する子を設ける事が出来ている。それが心の底から羨ましい。それはいくら望んでも手に入れられぬ、眩しい未来。


 着実にタイムリミットは近付いている。

 兄上とは違い、一族として堂々とつがいを求める事のできない出来損ないの俺は、ただ彼女の幸せを願って竜の本能に蓋をする。

 

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