臆病者
「ならぬ」
「しかし、陛下!! このままでは……」
「竜の本能を捨てろと言うのか。それが恥だと分からぬお主こそが血の薄さを証明しているというのに」
「……!!」
陛下の前で意見していた貴族の一人が顔を赤くしたまま一礼し、謁見の間から足早に去っていく。扉をくぐる瞬間にこちらを睨んだように見えたのは気のせいではないだろう。何せあの男の憂いの元となったのがこの俺なのだから。
男が王の御前で発言したのは『竜の血の保持』の重要性とその術。要は緩やかに薄まりつつある竜の血を絶やさぬ為、血の濃いもの同士で婚姻を結ぶべきだと進言したのだ。だが、竜は何物よりも番を重要視する生き物。番を選ぶのは正に本能で、血の為に己が求める相手以外と番うことなどあり得ない。そんな考えが浮かぶ事自体が、竜の血が薄い証拠だと陛下は突きつけた。
先程の貴族が何故今更そんなことを言い出したのかと言えば、原因は最も血が濃い筈の王族からとうとう竜化できない者が現れたから。つまり俺の存在が今回の火種となった。
俺にとって唯一の救いは、騒いでいるのはあくまで外野のみで、陛下や王妃、そして兄王子は俺の存在を憂いてなどいないという事だ。
国内の有力貴族を集めた会議はここで解散となり、陛下は別室で内務大臣と打ち合わせの為別室へ移動。同席していたアクリア兄上は自室がある別宮へ帰るため立ち上がる。俺は兄上の護衛をすべく、彼の後から謁見の間を退出した。
しばらく無言で歩いていた兄上が口を開いたのは、別宮へと続く渡り廊下に差し掛かった時だ。
「アーク」
「はっ」
「お前、今可愛い女の子と同居してるんだって?」
「……。冬節祭の時に発見した異国民を屋敷にて保護しております」
「保護、ね」
ミナミの保護は確かに届け出ていたが、兄上には湾曲した形で伝わっていたようだ。兄上が含みを持たせた笑みを見せる。相変わらず心臓に悪い。
しかし『可愛い女の子』など、どこからミナミの事が漏れたのか。すると俺の心の中を読んだかのように兄上がその答えを口にした。
「騎士達の間じゃ随分噂になっていたぞ? 可愛い助手が医務室に入ったってな」
(あいつら……)
兄上の話では冬節祭初日に起きた櫓倒壊事故の際、怪我人を運び込む為いつもよりも多くの騎士達が医務室に出入りした為、あっと言う間にミナミの存在が広まったらしい。どおりで翌日からミナミにアプローチする奴らがやけに多いと思った。
「お前、今自分がどんな顔をしているのか分かってないだろ?」
「……自分の顔は鏡を見なければ分かりません」
「くくっ、可愛げのない答えだな」
そう言いつつ、兄上は楽しそうだ。俺は一体どんな顔をしているというのか。
「そんな顔で“保護”なんて言っても、誰も信じないと思うぞ」
「…………」
ポンと軽く俺の肩を叩いて兄上が開けられた自室のドアをくぐる。兄上の姿が扉の向こうに消えてようやく俺は目的の部屋の前に到着していた事に気づいたのだった。
「兄上とは違うんですよ……」
閉じられた扉の前で呟かれたその声はきっと誰の耳にも届いていない。




