怒ってもらえるのは嬉しいのです
「えぇ!?」
この世界に来た時の事を思い出せる限り詳しく聞かせて欲しい。そう頼まれたので、私は初めてこの世界で目が覚めた時の事をお話しました。瞼を開けたら、そこはアークさんのベッドの中だったこと。そして彼に抱きしめられた状態だったこと。
すると千紘さんはあんぐりと口を開けてびっくりしていらっしゃいます。当然の反応ですよね。知らない場所で目が覚めたら男の人とベッドインしていたなんて。
「……そ、それで?」
「目を覚ましたアークさんにご挨拶をしたらとても驚いていらっしゃって」
「……でしょうね」
「何処の店の者かと聞かれたので、お店では働いていませんと答えました」
「店? あぁ、成るほど……」
「そのままお屋敷を追い出されてしまいました」
「…………」
「あ、でもコートと靴をくださったんですよ。とても助かりました」
「…………」
あら、どうなさったのでしょう。途中まで相槌を打っていた千紘さんが黙ってしまいました。何故か米神に手を当てていらっしゃいます。頭痛でしょうか?
「……美波ちゃんってさぁ」
「はい」
「もしかして、……天然?」
「天然、ですか? 言われた事が無いので気づきませんでした」
「え!? 今まで言われた事無いの? ホントに!?」
「はい。同性からは良く『ぶりっこ』と言われましたが、天然は初めてですねぇ」
学生時代を思い出して答えたら、千紘さんの表情が硬くなってしまいました。
「何そのムカつく女共。それはまぁ、美波ちゃんは可愛いからそういうやっかみも多かったかもしれないけどさぁ。いるのよねぇ、自分達の事棚に上げて文句ばっかり言うヤツって。絶対そいつの方がぶりっこだったりすんのよ」
ふんっと両腕を組んで千紘さんは言い放ちます。私は……、なんだかその言葉を聞いて胸が温かくなりました。
上流階級の子息が通う私立の一貫校では吾妻の家名も日本人離れした容姿も同性の嫉妬を買う対象にしかならなくて。私には親しい友人なんて一人もいませんでした。だから、彼女達の心無い言葉に対して千紘さんのように怒ってくれた人なんて今までいなかったのです。
「あ、ごめんね。話が脱線しちゃって」
「いいえ、いいんです」
「…………」
笑った私の表情に何を感じ取ったのか、千紘さんは眉根を寄せました。
「美波ちゃんの敬語ってさ、もしかしてクセだったりする?」
「はい。幼い頃から周りには自分に敬語を使う大人しかいなかったものですから、敬語で話をするのが当たり前になってしまって。あ、でももし気になるようでしたら……」
「あぁ、いいわ。美波ちゃんが気を使わない方法で話をして欲しいなって思ってたの。だから敬語の方が楽ならそれでいいのよ」
そう言ってにこっと笑った千紘さんはそれ以上この話を掘り下げるような事はしませんでした。偽善的な同情も親切の押し付けもしない、とても優しい大人な方です。
「で、話を戻すと、自宅で寝て起きたらこのお屋敷にいたのね?」
「はい。そうです」
「それが、冬節祭の初日の朝」
「はい」
すると千紘さんは再びティーカップに口をつけ、パチパチと控えめな音を立てる暖炉の炎を見つめました。
「私は黒の国から来たんだけど、紅の国にも私達と同じように日本から来た子が居るって話は聞いている?」
「はい。アークさんから聞きました」
「そう。私先月会って話を聞いて来たの。津島燈里ちゃんって言ってね。まだ高校一年生だったわ」
「高校生、ですか……」
「彼女の話と合わせると、私達がこの世界に来た時の状況にはいくつか共通点があるみたいね」




