お迎えしましょう
翌日のお昼過ぎ。お屋敷の門前に停まった馬車の中から現れたのは顎のラインが隠れる程度のショートボブの黒髪に、きゅっと上向きの目尻と意思の強そうな瞳が印象的な年上の女性でした。いかにもバリバリのキャリアウーマンと言った感じです。蒼の国の人達と比べると幾分控えめな顔の凹凸はやはり東洋人独特のもので、久しぶりに見る日本人に私は思わず懐かしさを覚えます。
アークさんと同じくらい大柄な中東系の男性を伴った彼女は、アークさんと共に出迎えた私を見るなり顔を輝かせました。
「お邪魔します。貴方があづまさん?」
「はい。吾妻美波です。初めまして」
「私は境千紘よ。千紘でいいわ。よろしくね」
見た目の印象を裏切らないハキハキとした声。とても好感が持てる方です。素敵です。
「はい。では、私の事も美波と呼んでください」
「ほんと? なら……みなみちゃんって呼んでもいい?」
「はい。勿論」
「ねぇねぇ、因みに漢字って東西南北の南?」
昔なつかしい某野球漫画のヒロインですね。でも残念ながら違うのです。
「いえ。美しいに海の波です」
「あら、惜しいわね」
「ふふっ。よく言われます」
「なんか嬉しいわぁ。こういうネタ分かってもらえるのって」
「私もです。玄関は寒いですから、中へどうぞ」
「ありがとう」
お供の方はアラドさんと言って、普段はナキアス殿下とナルヴィ殿下の補佐をしていらっしゃる方だそうです。彼はアークさんと昔からの知り合いで、どちらもおしゃべりな性格でないからか、簡単な挨拶だけを交わして私達と共にリビングへと向かいます。
私はお茶と焼き菓子を暖炉前のローテーブルに並べました。ソファに座った千紘さんがそれを見て美味しそう、と顔を綻ばせます。一見クールビューティーな千紘さんですが、表情が豊かな方のようです。
「アラドさんもどうぞ?」
「いえ、自分は結構です」
立ったままのアラドさんにソファとお茶を勧めれば、硬い声で断られてしまいました。
「嫌よねぇ。頭の固い男って。こーんな可愛い女の子のお誘いを断っちゃうんだから」
「チヒロ様……」
「様??」
アラドさんの呼び方を不思議に思って首を傾げれば、千紘さんの表情が険しくなってしまいました。
「気にしないで。いくら様付けで呼ぶなって言っても止めてくれないのよ。ホント頭カッチカチなんだから」
「チヒロ様、それは……」
「あー、はいはい。余計な事は言わないの。それでね、美波ちゃん」
「はい」
「早速で悪いんだけど、本題に入っていいかしら」
「……はい」
私が頷くと、千紘さんが傍にいたアークさんを見上げました。気づいたアークさんが静かに問います。
「席を外した方がよろしいか?」
「えぇ。お邪魔している身であつかましいのですが、お願いできますか?」
「承知した」
アークさんはアラドさんと共にリビングから出て行きました。恐らく二人で私室に向かったのでしょう。
「ごめんなさいね」
「いいえ。大丈夫です」
私が並んでソファに腰を下ろすと、いただきますと言って千紘さんがお茶を一口。そして一言。
「聞いていると思うけど、私は日本に帰る方法を探しているの。美波ちゃんは何か知っている?」
私が首を横に振ると落胆した様子も見せずに「やっぱりね」と千紘さんが笑いました。




