就職しました
アークさんのご好意で、今後もしばらくお屋敷に置いてもらえることなりました。しかもアークさんの口利きとシェルベ先生の推薦のお陰で私は無事蒼の国で職を手にすることが出来たのです。勿論就職先は騎士団専属の医務室。シェルベ先生の助手。
日本で似たようなことをしていたと言っても、養護教諭は医者とは全く異なります。本格的に先生の助手を務めるとなれば当然医学の勉強をしなければなりません。そんな訳で、私は先生に一から指導を受けているのです。
アークさんと共に出勤して医務室で勉強とお手伝い。そして夕方にはお迎えが来てアークさんと共に帰宅。時間が遅くなれば以前のように王城の食堂からお弁当を分けてもらいますが、基本的には私が夕食を作るようになりました。帰りがけに買い物をして、日本での料理の知識をベースに試行錯誤しながら色々作っています。私が何を作ってもアークさんは美味しいと言って下さるのでとても嬉しい。まるで新婚さんのように穏やかで新鮮な毎日。けれど、困った事が一つだけありました。
「ミナミ」
「……アークさん、やっぱりやらなくてはダメですか?」
「嫌なのか?」
「いえ、そうではないのですが……」
ダイニングテーブルで横並びに座り、アークさんは私を見下ろしています。彼の手には私が作ったクリームシチューを掬ったスプーンが。そして何故かそれは私に向けられているのです。
困惑してアークさんを見れば、彼は爽やかな空色に甘ったるいものを混ぜた目で私を見つめています。こうなってしまうと後には退かないと最近学んだので、私は恥ずかしながらもそっと唇を開きました。するとアークさんはスプーンを私の口の中へ。
「……ん」
「美味いか?」
「はい……」
答えれば笑みを深めるアークさん。あぁ……、こういうの、流されているって言うのでしょうね。
最近アークさんは何故か毎日こうして私に『あーん』をしたがります。まるでそれが同然だとでも言うように。恥ずかしくて断ろうものなら、先程のように「嫌なのか?」と落ち込んだ声を出すのです。人前では常に精悍で雄々しいアークさんにそんな顔をされてしまったら、断りようが無いではありませんか。だから、私はいつもついつい請われるがまま口を開いてしまうのです。
やっぱり私、子ども扱いされているのでしょうか? アークさんへの想いを自覚した後では少々辛い扱いです。けれど女性として扱われた所で、人を愛する事に自信が無い私ではやはり戸惑うしかないのかもしれません。
今度はアークさんが同じスプーンでシチューを自分の口に運びます。そしてゆっくりと味わった後、隣の私を見下ろしました。
「ミナミは料理が上手いな」
「ありがとうございます」
うぅ、顔が益々赤くなってしまいます。私と二人きりの間、お城で働いている時のような騎士然としたアークさんはどこにもいなくて。私は嬉しいのだけれど、好きな人に手放しで褒められるのはやっぱり恥ずかしいのです。
例え恋人同士でなくても温かくて幸せな日々。けれどそんな毎日ばかりがずっと続く訳が無かったのです。




