恋をしました
蒼の国五日目です。そして、アークさんの隣で迎える三度目の朝です。
何故なら昨日急に顔色を悪くした私を気遣って、アークさんは自分のベッドに私を寝かせてくださったからです。これでは子ども扱いされても仕方がありません。けれど私は昨夜の事で気づいてしまいました。どうしてあれ程胸が痛んだのだか。
(私……)
先に目が覚めた私はベッドの隣にいるアークさんの寝顔を静かに眺めます。精悍という言葉が正にぴったりのアークさんですが、寝顔は少し幼く見えて可愛らしいです。そう思ってしまうのは『恋は盲目』だからなのでしょうか。
(この人が、私の好きな人……)
そうです。私はこの数日の間にアークさんを一人の男性として想う様になっていたのです。けれど心の中で呟いた言葉は、くすぐったい感触と共に私を不安な気持ちにさせました。
私の父は大企業の副社長。元華族の資産家で、叔父が社長、祖父が会長という所謂セレブ。そして数え切れないほど居ると言われている父の愛人の一人が私の母でした。
何故過去形なのかと言えば、私を生むと同時に母は慰謝料を受け取って姿を消したから。私の色素の薄い髪も目も生まれつきなので、外人だったかもしれない。私が母について分かるのはその程度。
実際に育ててくれたのは吾妻家のベテラン乳母で、他にも愛人の子はかなり居るようです。それでも吾妻一族や会社に悪い噂が立たないのは全て父が子供を認知して愛人に慰謝料と養育費を払っているから。
そんな環境で育ったせいか、私は昔から恋とか愛に興味を持てませんでした。いえ、興味と言うより信じる事が出来ないのかもしれません。他人に恋をする、誰かを愛するという感情を。だから一生そんなものとは無縁だと思っていました。
その証拠に私は唯一の家族である父に何の感情も持ってはいません。子供の時ですら年に数えるほどしか顔を合わせてなかった相手。社会人になってからは一度も会っていません。私にとって父は生活と教育の為にお金を払ってくれるオーナー。父にとって私は義務を果たすだけの仕事の一つに過ぎないのです。だから、故郷には何の未練もありません。
けれどアークさんの傍に残る事に関して一つだけ不安があります。それは私に人が愛せるのか、という事。両親からも愛されず、誰にも恋をせずに育った私が、誰かを愛する事ができるのでしょうか? 愛してもらう事ができるのでしょうか?
(好きです。アークさん……)
父の愛人をしていた母の気持ちなど到底理解できないと思っていました。けれど今ならそれも違います。大企業の副社長である父。蒼の国第二王子のアークさん。権力の差は比べるべくも無いけれど、彼らの傍にある女性の立場は似通っています。彼らの周りには常に沢山の女性達がいて、彼女達は皆優れた容姿や能力、地位を持った魅力的な人達。そんな相手を独り占め出来ないのは仕方が無いことなのです。
そして私も、アークさんの傍に居られるのならば母のように愛人でも構わないとすら思ってしまったのです。アークさんは少し特殊な立場にあれど一国の王子。私だけのモノになんて出来る筈がないのだから。
「ミナミ……?」
呼ばれた声にはっと顔を上げれば、優しい空色が私を見ていました。
「アークさん……」
「おはよう、ミナミ」
「……おはようございます。アークさん」
ただの朝の挨拶なのに、それが貴方の声で紡がれるとこんなにも嬉しくて、こんなにも泣きたくなるのは何故なのでしょうね。




