温かいですね
今日はランチボックスが二つダイニングテーブルに並んでいます。アークさんは王城のシェフにいつも夕飯を作ってもらっているそうです。ケトルをお借りした時あまりの食材の無さにびっくりしたのですが、殆ど料理をしないからなのですね。納得です。
アークさんが火を起こしてくれたリビングの暖炉でお湯を沸かして、私がお茶を淹れました。用意が出来たら一緒に食べます。夜会の会場には沢山美味しそうなお料理が並んでいたのですが、アークさんは全くそれには手をつけていないそうです。私の伝言を聞いたからでしょうか? そう訊いたら、「最初から挨拶だけしてホールから出るつもりだったから問題ない」と返事をしてくださいました。それなら良いのですが。
食べ終わってダイニングを片付けて、食後のお茶を淹れました。それから二人で暖炉のあるリビングスペースへ移動します。大きなクッションを下に置いて暖炉の前に座ると、なんだか落ち着きますね。
「ミナミ」
「はい」
「先生と共に夜会を覗いたそうだな」
「はい。あんなに豪華なパーティー会場を見たのは初めてでびっくりしました」
「そうか……」
明るい声で応じる私とは反対に、アークさんの声は低くなっていきます。暖炉の火に照らされて陰影が濃くなっているアークさんの表情はまるで感情を無くしてしまった彫像のようです。
「俺の話を聞いたのだろう?」
何の?とは訊けませんでした。言った所で、アークさんには全てお見通しでしょうから。私は無言で頷きました。
「……ありがとう」
「え?」
「だから、俺を待っていてくれたのだな」
「…………」
その通りです。私はあの時、人々の口から発せられる冷たい言葉がアークさんに降り注いだように見えて、表情を変えないアークさんが泣いているように見えて、一人にしておけなかったのです。雨が降るのが分かるのと同じように、アークさんの見えない涙が見えた気がして、傍に居てあげたかったのです。つい先日顔を合わせたばかりの女が何を言っているのかと言われそうですが、そう思ってしまったのは事実なのです。
私はアークさんのお顔を見ていられなくなって、俯きました。
「すいません。余計な事を……」
「余計ではない」
「……アークさん?」
「余計な事ではない。俺は……、その優しさに救われている」
「アークさ……」
一瞬でした。ふわりと体が浮いたかと持ったら、もうアークさんの腕の中に閉じ込められていて。逞しい胸板から聞こえる鼓動が私の全身に伝わってきます。暖炉の火よりも暖かな、アークさんの体温。顔を上げればそこに優しい空色がありました。もう涙の気配はありません。
「……嫌か?」
「いいえ」
応えれば、私を包む腕に力が篭りました。とても心地よい力強さ。今まで感じた事の無い安心感、充足感、そして高揚感。これは一体何なのでしょう? 訊いてみたかったけれど、それは出来ませんでした。ドクンドクンとゆったりとしたアークさんの鼓動が、私をゆっくりと柔らかい眠りに誘ったからです。




