雨が降っています
「こりゃたまげたな……」
先生はそう呟いて医務室から真っ黒な空を見上げました。今、外は氷雨が降っているようです。その証拠に細やかな雨音が閉めた窓の向こうから聞こえてきます。
「お嬢ちゃんは予言も出来るのかい?」
「いいえ。なんとなく、雨が降る気がしたんです」
私の説明では先生を納得させられなかったようです。何か言いた気にこちらを見ていることに気づいてはいますが、あえて取り合いませんでした。正直に話した所で信じてもらえるとは思えないからです。
私は昔から雨が降るのがなんとなく分かりました。空気に湿気を多く感じるとか、雨の匂いがするだとか、多分そういった情報の寄せ集めで自然と分かるようになったのでしょう。雲の形や色、風の方向からある程度天気が予測出来るのと同じ事ですから、特別な事ではないと私は思っています。
今この国は真冬。この雨も昨日のようにやがて雪へと変わるでしょう。
夜会の見学が終わっても私が医務室に残っているのには訳があります。それはアークさんを待っているから。どうしても私はアークさんと一緒に帰りたくて、騎士の方に伝言をお願いしました。今夜は遅くなるからと代わりに送ってくださる騎士の方まで手配してくださっていたのに、我侭言うのは忍びないのですが……。けれど今日だけはどうしても譲れなかったのです。
「先生」
「なんだね?」
「王族の方が竜に変身できないのは、そんなにおかしな事なのでしょうか?」
「……いや、そうは思わんよ」
先生は窓から離れると、ご自分の椅子に座って私と目を合わせました。
「護国の祖先は竜だと話をしたね?」
「はい」
「竜が人と交われば当然竜の血は薄くなる。世代が移り、人口が増えれば増えるほどな。それは王族も例外ではない。竜の血が濃い者は竜化出来るが、時代の流れと共にいつかは王族の中にも竜化しない者が現れるのは必然だ。この国の王族にとって、その節目が今だったというだけだよ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
先生と雨音を聞きながら待っていると、足音が近付いてくるのが聞こえてきました。大勢ではありません。たった一人の、男性の足音。それはすぐにノックの音に変わりました。
「失礼します」
「アークさん……」
「ミナミ。どうした? 何かあったのか?」
立ち上がって出迎えた私を心配そうにアークさんが見下ろします。あぁ、なんだか瞳の空色が雲って見えます。
「我侭言ってごめんなさい」
「いや……。一通り挨拶は済んだし、もう抜けても問題は無い。それで、君はどうしたんだ?」
私はどうもしていないのですよ、アークさん。
「……一緒に、帰りたかったんです」
「ミナミ……」
アークさんがびっくりした顔をして、次にちょっと目を細めました。それは少し寂しげで、大きな体をしているのに、まるで幼い少年のように見えます。
アークさんは大きな手で私の髪をそっと撫でてくれました。
「ならもう帰ろう」
「はい」
私達は先生にお礼を言って、医務室を後にしました。今日は雨が降っているからと馬車の送迎付きです。
「馬車に乗るのは初めてです」と伝えたら、「そうか」と静かな声が返ってきました。馬車での会話はこれでおしまい。後はしとしとと降る雨音に耳を澄ませ、私達はお屋敷へと戻っていきました。




