聞こえてしまいました
ランプの光を反射してキラキラ輝く大きなシャンデリア。音楽家達が奏でる優美な生演奏に、色とりどりのドレスで着飾った美しい女性達。男性にエスコートされてひらりひらりと彼女達が舞う様子はまるで夢の中のような光景です。
パーティー会場となっている大きなホールの入口の一つから中を覗いていた私は、思わず溜息をつきました。
「素敵ですねぇ」
「ホラ、見てごらん。今中央にいらっしゃる藍色の髪の男性がアズヴァイ陛下。隣がウェミル王妃だ」
シェルベ先生が指す先を見れば、そこにはアークさんのように体格の良い壮年の男性が居ました。きっちりと詰襟の正装を着こなし、姿勢の良い立ち姿はまるで騎士のようです。そして陛下が手をとっているのが、水色の髪をしたウェミル王妃。王妃様のドレスの色は陛下の髪色と同じなのですね。とっても素敵です。
彼らの周りには鮮やかな髪をした方々がいらっしゃいます。銀髪の青年はもしや竜姿をお見かけした白の国のセドア殿下でしょうか? 他にも炎のように鮮やかな赤や新芽のような緑、私には馴染み深い黒髪の方もいらっしゃいます。あの方達が皆ドラゴンに変身するのかと思うと不思議ですね。まるで御伽噺を見ているかのようです。
するとその人の輪の中に優しい空色を見つけました。
「あら? 先生。アークさんがいらっしゃいますよ」
「あぁ。挨拶に来ているのだろう」
騎士団長ともなると他国の王族の方々に直接挨拶するもののようです。流石です。と思っていたのですが、その理由は私が思ったのとは違いました。
「王位継承権を放棄したとは言え、王族には違いないからね」
王位継承権? 放棄?
初めて聞く言葉に、私は思わず先生を見返してしまいます。
「王族って……アークさんが、ですか?」
「そうだよ。聞いてないのかい?」
私が頷くと、先生はちょっと気まずそうな表情になりました。
「そうか。余計な事を言っちまったかな」
「……知らないフリをしていた方が良いのでしょうか?」
「いや、余計な気遣いは返って気に障るだろう。お嬢ちゃんは気にしなくていいさ」
「分かりました……」
アークさんは王族。つまり蒼の国の王子様。けれど王位継承権を放棄して、今は騎士団長として働いている。一人で大きなお屋敷に住んでいるのは王族だから? けれどそれなら使用人も雇わないなんておかしいですよね?
気になります。けれどきっとそこは踏み込んではいけない所です。だって閑散としたあのお屋敷はまるで人を寄せ付けない意思を持っているように見えたから。きっとそれはアークさん自身の心の内を現しているのでしょう。他人の私が侵して良い領域ではありません。
すると人々の囁き声が私の耳にも届いてきました。
「あれが第二王子の……」
「パレードにも姿を現さなかったが、王位継承権を放棄したというのは本当のようだな」
「それも仕方ないだろう。何せ、王族でありながら竜に変身できないのだから」
遠慮の無い人々の囁きはやがて大きな波となって私の所まで打ち寄せてきます。そしてそれはアークさんの下へも。
「……先生」
「なんだね?」
「雨が降ります」
「雨?」
先生が廊下の窓から空を見上げます。そこには沢山の星が瞬く綺麗な夜空が。
「晴れているようだが……」
「でも、雨が降りますよ」
私はいぶかしむ先生の手を引いて、その場を離れました。




