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ヤーウェ・監禁

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 ヤーウェに連れて来られたリネ達はバラバラに分けられた。

 どうやら長老とユグノーはカルマトの部族長の屋敷に連れて行かれたらしい。リネは別の家に一人押し込められた。

 押し込められたといっても普段珠洲(すず)の村が行商で止まる宿よりももっと豪華だ。一間しかないが、かなり広い。高い天井に明り取りの窓。窓は砂避けのためかかなり分厚い。〈燃える水〉を産出する国らしく、中央や四方の柱には惜しげもなくランプが掛けられていた。

 リネはあちこち触れながら歩く。

 少し陽に焼けた感のある机と椅子は頑丈でいかにも手作りといった風だし、クローゼットも手すりが丸くなっているものの、丁寧に磨かれている。

 もちろん寒暖のある砂漠ならではの寝具には毛皮が使われ、絨毯も敷かれていた。

 飾りらしい飾りはなかったが、どこか暖かみのある部屋で、悪意は感じない。

 さすがに内から鍵の掛かる扉ではなく、外には誰かが立っている気配はある。が、恐ろしくはない。

 給仕はヤーウェの年配らしい女性がやってくれた。食事は珠洲の村よりもターメリックやナツメグ等香辛料がきいているが、合わないというほどのものではない。むしろミントと緑茶のブレンドは美味しかった。気候に合っているのだろう。

 驚いたのはシャワーなどにお湯が使えることだった。湯は太陽にさらして暖めるとしても、水が充分にあるとは思わなかった。この家は山手かもしれない。

 こうなると拉致されているのかもてなされているのかわからない。

 カダルが来れば聞けるだろうが、あいにく彼は姿を見せない。あれから五日ほど経つが、まだ身体が完治していないせいだろう。

 山を降りる時も兵士達に肩を貸してもらっていた。

「これから、どうなるのかしら」

 わからない。長老は話合いをしているのだろうか。村はどうなるのか。そしてリネは時が来れば決闘の〈商品〉として嫁がされるのだろうか。

 不安はつきない。

 リネは小さくため息をつき、自分の荷物を広げた。まだ部屋の隅にひとつだけ開けていない袋だ。

 その中身はゴッドラムから着て帰った服だった。淡い桜色のロングスカート、リリーホワイトの上着。優しい色の組み合わせだ。

「柔らかい……」

 リネはその服を中指でそっと撫でた。

 あれからどれだけ経ったのだろう。この服を着て彼の目の前から去ってから。

 村についてから目まぐるしく時は動いた。まるで嵐に巻き込まれたようだ。結局、村で落ち着くことなくヤーウェにいる。それを聞いたら彼はどう思うだろう。

 リネは服に触れていると、なぜか金髪で哀しそうな目をした男性を思い出す。リネを殺そうとして逃がしてくれた人。今ごろは怪我も治っているだろうか。奇跡の水を使ったのだから、大丈夫だろう。たぶん。

 先立つ不安に身を震わせることもなく立っていられるのはこの服のおかげのような気がする。

「……アリウス」

 リネは思わず口にし、慌てて首を振る。

 そしてクローゼットにそっと服をかけた。

 こんなことを考えている場合ではないのかもしれない。だが名前を口にしたら、自分より彼を案じずにはいられなかった。

「……」

 リネがクローゼットを閉じた瞬間、ノックの音が小さく響いた。

「どうぞ」

 リネも無意識に小声になる。

「リネ、ごめん。俺だ」

 声には聞き覚えがある。カダルだ。

「ああ、身体は大丈夫? 毒は抜けた?」

 リネは久しぶりの再会に喜んで扉を開けた。

 だが入って来たのはカダルだけではなく、長い髭の男も一緒だった。彼はターバンもマントも金色の刺繍をしている。背中には火竜が描かれていた。

「……あ、こっちは親父。一応、イスマイールの長。後ろにいるのが爺。俺身の回りをしてくれる相談役って感じかな」

 リネは驚いて一歩下がり、礼をした。

 まさかイスマイールの長じきじきに来られるとは思ってもいなかった。

「まあ、楽にしてくれ。リネさん、悪いようにはしないから」

 イスマイールの長は少しカダルと声が似ていた。背も高く、目元も鋭角な顎も似ている。さすがに親子だ。

「今回はカルマトの暴走だ。イスマイールは研究所には賛成したが誠心誠意頼んで建てさせてもらうつもりだった。それにカルマトは正式な訪問団前の先発隊の位置づけだった。まさか武装して村人を連れて帰って来るとは思わなかった」

 イスマイールの長はリネに深く頭を下げた。

 リネが慌てるくらいの長い時間だった。

「――あ、あの。ここでは何ですから部屋の中に……」

「そうしようぜ、親父」

 見た所、カダルの父は紳士だった。部族長らしく威厳を持っていたし、間違ったことに毅然と反発する力がありそうだ。

 リネは長に椅子を勧めると、その前に立った。聞きたいことはたくさんある。しかし長の話にまず耳を傾けたい。

「今年のイマームはドルーズ派だ」

「え?」

 リネが首を傾げるとカダルは「三部族の超保守派」と言った。

 どうやら武闘派でもあるカルマトと距離を置いている部族がイマームという持ち回りの指導者をやっているらしい。指導者は国の代表かつ部族会議では議長という立場のようだ。

「いつもカルマトと対立するのはうちのイスマイールだから、穏健派だとか物をいわぬ部族だとか言われることも多いけどさ。本当は石橋を叩いても渡らないくらい慎重な保守なんだ」

 カダルが教えてくれた。

「……そうなんですか」

 どこでも色々あると、リネは素直にうなずく。

「そういうわけでいつもは大人しいドルーズなんだけど、今回の村人拉致はイマームの逆鱗に触れたんだな。指導者の断りもなしにコトを起こしたから『謀反か』とまで言い切ったよ。今、部族会議すら開けないほど険悪」

「……」

 では長老は、ユグノーはどうしているのだろう。

 リネは急に心配になった。

「では、あの……」

「大丈夫。長老さんとユグノーはカルマトの屋敷だけれど、イマームが怒り狂っているから何もできないだろう。ちなみにリネはうちの――イスマイールの監視下ってことになってる」

 カダルはリネの言いたいことを察してか先回りするように口にした。

「あくまで今は安全なんですね……今は」

 リネは噛み締めるように言った。

 派閥闘争なんて力関係ですぐに変わる。今はたまたまドルーズが指導者をやっているが、今後何があるかわからない。

 デンジャーの毒をヤーウェ国民が恐れているのは事実だ。なんとかカダル達イスマイールやドルーズは抑えているようだけれど、パニックになったら部族を超え、カルマト支持者が増えるだろう。

 珠洲(すず)の村では〈風に吹かれた羽虫ほど頼りない〉と言うが、今のリネはまさしく羽虫だった。

「で、あの、決闘のお話、は?」

 リネは聞きづらいが、この際だから口にした。

「――え」

 カダルがいきなり赤くなる。

 後ろで爺がコホンと咳をした。

「我が愚息とカルマトのアーヒラのことだな」

 答えたのはイスマイールの長だった。

「勝手なことだとなじって下さってもかまわない。〈珠洲(すず)の村に研究所を立ち上げるよう交渉する。婚姻はしかるべき日に決闘を持って決定する〉これは会議での決定事項なのだ」

「……そうですか」

 リネはどこか人ごとのように思えた。

 村が吸収合併されるのは大きな力で、避けられないようだ。その実権をどの部族かで揉めているだけなのだ。

 リネは黙って目を伏せた。




同じ頃、カルマトの屋敷ではシーアの怒鳴り声が響いていた。

「どういうこと? あのイマーム。今まで黙っていたドルーズがいきなり反対するなんて」

 屋敷の一番奥、重ねられた毛皮のソファーに身体を沈め、不満げにシーアが眉を寄せる。大きくはだけられた胸をおしげもなく晒し、金に色づけさせた爪で、イラついたように何度も髪を撫で付けている。

 金は砂漠に昇る陽の色だ。その陽を身体に浴びて産まれた者は限りない力を手にすると言われている。シーアはその一人だ。それゆえ金色を好んで肌につける。

「手間をはぶいてやったのに」

 シーアは怒りが収まらないのか、机にあった瓶を掴む。中身の酒はハラーム〈禁止〉と呼ばれている。砂漠特有の植物に芥子の実を混ぜた真紅の酒だ。味はぶどう酒に近いが、強すぎて身体を壊すため、表向きは飲んではいけないこととされている。

「まったく馬鹿にしてるわ」

 シーアは掴んだ瓶にそのまま口をつけ、飲む。

「まあまあ、義母上」

 横にアーヒラが、そしてその前にカルマトの長がいた。

 台所から羊を焼く匂いが漂っている。

「単に先に動いたオレらが腹立っただけでしょ。今年のイマームは年寄りで頭固いしさあ」

「うむ。どちらにせよ、珠洲(すず)の村関係を押さえているのはカルマトだからな」

 アーヒラも長もそれなりに落ち着いているようだった。

 しかしシーアはそれまでも気にいらないのか「リネとかいう娘はイスマイールの監視下にあるわ」と吐き捨てる。

「あれはイスマイールの顔を立てただけっしょ。カダルが死にかけたのを助けたからさあ」

「そうね。あの水筒の水で死にぞこなったカダルのせいね」

 シーアは唇に洩れ出た酒を指ですくい上げ、舐めた。

「――死ねば丸く収まったのに」

 チッと舌鼓を打つ。

 今日は何本空けたのだろう。シーアの目元がうっすらと染まっている。

「焦るな、シーア」

 長がシーアの横に座りなおした。そしてむき出しの肩を抱く。

 シーアは長の肩に頭を掛け、甘くうふふと笑った。

「村で研究所建設の下準備を内密にさせている。どちらにせよこの計画はカルマトなしでは進まない」

 カルマトの長は自信ありげだった。シーアの顎を片手で触れながら言い切っている。

「ああ、だけどあそこの村の長老さん合併の調印を拒んで食べないんだって?」

 アーヒラも酒瓶を手に持った。

「死なせちゃいけない人質って面倒くさいなあ」

 そしてこちらも面倒だと言わんばかりに杯につぐ。

「大丈夫よ。水だけは飲んでるから」

「そうなの?」

「おいおい、シーアはそのあたりを見逃すタイプじゃないだろう」

「はいはい、お優しい義母上だもんねえ」

 アーヒラは横目でちらりとシーアを見る。シーアはにっこりと微笑んだ。

「もちろんよ」

 シーアは椅子に縛った長老の鼻をつまみ、無理矢理に開いた口から水を流し込んでいた。半分はこぼれ服を濡らすが、半分は飲んでいるようだ。

「でもしょせん水だからいつまで体力が持つかしら。まあ、明日にでも村人を呼んできて泣き落としさせるわ」

 シーアは人の弱点を見抜くのが得意だった。長老を落とすのには村人の涙が一番効く。断食をくつがえすなど簡単だ。村人も死なれたら困る人物を前に派手に泣いてくれるだろう。

「――そ、れ、よ、り」

 シーアは改めてカルマトの長に向き直り、しだれかかった。

「ユグノーの件か? 案ずるな。つなぎは取っている。向こうの反政府達と内密に条約を結び、武器の受け渡しをしている」

「早いね~、父上は」

 アーヒラは一気に酒を飲んだ。

 シーアは満足だ、と喉の奥で笑う。

「そりゃ村は実質あたし達カルマトの物だもの、早くて当たり前よね。唯一の道を我々が押さえたも同然だとしたらゴッドラムも慌てるでしょうねえ」

 面白くて堪らない。シーアは長の膝に頭を移し、酒をラッパ飲みする。顎に滴り落ちた分は長が指ですくった。

「勇者なるカルマトに栄光あれ、よね。ユグノーはお姫様だから脅えて言いなりだし、まったく良いカードを手に入れたわ」

「後はお前だぞ、アーヒラ」

 長はアーヒラを睨んだ。

 アーヒラはいかにも分かっているとばかりに杯を重ねる。

「もちろん勝つよ、アイツにはねえ」

 アーヒラの目はシーアの金色の指先を映していた。




読んでいただきありがとうございました。


この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。 でも一応書いておくと、イスラム教は禁酒です。

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