いつかその先まで
暗闇の中で、意識が急速にはっきりしてくる。同時に周囲のざわめきが聞こえ、目が色を認識する。沢山の光に沢山の人。喋り声に奏でられる音楽。それらが洪水となって降り注ぎ、自分の輪郭を形作っていくようだった。
「ヴィルレリク、お客様にご挨拶しなさい」
隣に立つ親が、背中を押しながらそう言う。挨拶に来た招待客が、微笑ましそうにこちらを見ている。お辞儀をしながら「また戻ってきた」と思った。
何度も何度も繰り返している。
直前の記憶がまだ生々しく感じられて、戻ってしばらくは不快だった。特に誰かの手にかかって死んだときは、痛みさえも覚えていて小さい体で押さえ込むのは難しかった。けれどそれも慣れる。慣れるということにまで、慣れていた。
チェストに登り、小さな手で魔力画を弄る。暗闇の中で手を動かすことにも慣れてしまった。
魔力画が燃え、その炎に人が飛びつき、絶叫と悲鳴が混じり合う。命を失う瞬間を眺めることにもはや何の感慨も湧かなかった。人の恨みを買うことにも。
何のために繰り返しているのか、ときどきわからなくなりそうになる。
「こ、こんにちは」
廊下の壁をうっとりと眺めながら「魔力画すごくいい……」と呟いている姿に声を掛けると、リュエットが驚いた顔でこちらを振り向いた。
このリュエットは、いつも死んでいく彼女とはどこか違う。
少し挙動不審で、楽しそうで、ときどき何か考え込んでいて、そして魔力画が大好きだった。普通ならただの装飾品として通り過ぎるようなものでも、立ち止まってしげしげと眺めている。
話しかけると、ちゃんと答えが返ってくる。注意をすると、戸惑いながらも頷いている。
警戒して緊張しているのがわかる態度なのに、魔力画の話になると饒舌になり、とても嬉しそうにあれこれと話しかけてくる。渡した魔力画をじっと眺め、嬉しそうな目で素敵と答えるところは見てて飽きない。
もう少し、生きている姿を見たい。
もう少し話をしていたい。
他のリュエットが死んでいった状況を生き抜いていくたびに、そう思いながら緑の目を見つめた。考えるときに少し右上を眺め、そして話をするときは真っ直ぐこちらを見て、照れたときには眉尻が下がって目を逸らす。嬉しいときは頬を紅潮させて目も輝かせる。
「ヴィルレリクさま!」
リュエットは窮地に陥っても、決して諦めることはしない。その姿が眩しかった。
リュエットと共に、もっと先まで生きてみたい。繰り返すものじゃなく、一度だけでもいいから、共に幸せだと語り合いながら死んでいきたい。
もしそれができるなら、何を犠牲にしたっていい。
「……ウィルさま?」
ふと目を開くと、眩しい光と色が入ってくる。その真ん中で、リュエットがじっと心配そうにこちらを伺っていた。柔らかな茶色の髪が昼の太陽に輝いている。さらさらと動きに合わせて揺れるそれを、描きたいなと少し思った。
顔を上げると、俯いて目を瞑っていたからか首が軋む。ソファの向かいにあるテーブルのお茶はすでに冷めていた。
「ごめん、寝てた」
「昨日はお忙しかったのでしょう? どうぞ気にせずにお休みになってください。横になってお眠りになりますか?」
リュエットが膝を貸してくれるなら。
そう言えば、頬を赤らめながらもリュエットは頷く。閉じた目蓋にハンカチを掛けて暗くして、起こさないようにそっと髪を撫でる。
でも、それをするとまた繰り返してしまう。
「起きる。また魔力画観てたの?」
「はい。この木が揺れて花びらの舞う景色が本当に美しくて……いつまで観ていても飽きません」
立て掛けてある大きな魔力画を、リュエットが愛おしそうに眺めている。肩を抱くと、その目がこちらに向いた。ウィルさまと呼ぶ小さな声と、腕の中に柔らかく収まる体。抱きしめると、胸が痛くなるくらいに愛おしかった。
「ウィルさま、結婚したら、この景色を一緒に見に行ってもいいですか? その、この魔力画が素敵だからだけじゃなくて、キャストルのご領地も見ておきたくて……あと、黄色い小鳥が空を飛んでいるところも見てみたいです。ウィルさまが話していた小さな家も行ってみたいですし、森の星空も」
リュエットが喜ぶから、自分が覚えている綺麗な景色を全部見せたくなる。目を輝かせている姿を見るたびに、胸にあたたかい火が灯る。
そっと額に唇を寄せると、リュエットが恥ずかしそうに目を瞑った。伏せる睫毛と頬の色。全部を目に焼き付けるように見つめる。
何も知らないリュエットは、いつも幸せそうに微笑んでくれる。
「うん。行こう。2人で一緒に」
結婚式までは必ず辿り着く。もうその道筋はわかっている。
その先はまだ不安定だけど、絶対に辿り着いてみせる。あと何千回繰り返してでも、リュエットと共に、最期まで辿り着いてみせる。
そのためには、何をどれだけ犠牲にしてもかまわない。




