あなたは運命の人5
「今日はカエルがいました」
「カエル?」
「こんな大きいカエルです」
セリーナさまと話してから1週間後の今日、水浸しになった廊下の中央で、どーんとカエルが鎮座していた。
しばらく平和に暮らしていたのだけれど、どうやら嫌がらせが効いていないと思われたらしい。
「そういえば教務室に大きなカエルが入ったバケツがあった。大丈夫だった?」
「はい。領地の端に沼地があって、よく見ましたので」
流石にあの大きさのカエルを触れと言われたら困るけれど、見ている分には平気だった。
領地で育ってカエルを見慣れていた私よりも、王都近くで育ったミュエルの方にダメージがあったようだ。今まで聞いたことのない声を出して私にしがみついていてちょっと可哀想だった。
ちなみにミュエルは今日、少し離れたところでお兄さまとご飯を食べている。私がカエルがいたと話題にするつもりだったので、それを聞かないように離れていった。お兄さまが絶え間なく語る言語体系についての話を聞いている方がいいらしい。
「リュエット、動物は結構好きだよね」
「はい。……危険なものはないのでそれで気がすむならと思ってましたけど、ミュエルが困っていたしカエルはやめてほしいです」
流石に植木鉢を落とすのはリスクがあるからかそういった危険なものは今はなく、廊下が水浸しになっていたり、教室に草がバラまかれていたりという地味な嫌がらせが1日に1回程度起こっていた。
廊下の水浸しは回り道すればいいし、教室の草はちょうど生物の授業で先生が教材として使ったので私はもちろん周囲の人にもあまりダメージがなかった。草の種類を同定するという課題になり、ミュエルが1番に当てていたのは、どの地方に生えているものかの見当が付いていたからかもしれない。
一応危ないことがないようにとお守りの魔力画も2枚ほど持ち歩いているし、起こっていることについてはこうしてお昼や放課後にヴィルレリクさまへ話していた。
「やめるように言いにいこうか」
「でも、犯人だと決まったわけでもないですし、危害というほどでもないですし」
「今も睨んでるよ、リュエットの後ろで」
そう言われて振り向いてみると、離れた場所のテーブルにいるセリーナさまと目が合った。顔を逸らされたけれど、再びこちらを見たセリーナさまが不快そうな顔で私を睨んだのがわかる。
「気が付きませんでした」
「そうだろうなと思ってたけど、今週人の多いとこで食べる日は大体近くにいたよ」
「そうだったのですか? 前からいらしたのかしら」
「さあ、それは知らない」
昼食のときは大体4人で話をしながら食べているので、周囲のことを気にしたことがなかった。ヴィルレリクさまは話しかけられた一件を聞いてから気を付けていたらしい。
ヴィルレリクさまを見られるとはいえ、自動的に私といるところを見ることになってセリーナさまとしてはあまりいい気分ではない時間になりそうだけれど、それでもこちらを見ていたのだろうか。
セリーナさまの思惑がわからず少しモヤモヤするけれど、食事は好きな場所で取れるためにこっちを見ていたからといって文句を言うわけにもいかない。水や草やカエルについても、セリーナさまの指示で行われた嫌がらせだという証拠もないのだ。
「リュエット、辛くない?」
「辛くはないですよ」
ちょっと居心地が悪い気持ちがしているけれど、辛いというほどでもない。これがどれくらい続くのかわからないけれど、永遠に続くということでもないだろうし、今はとりあえず我慢しておくか、くらいの気持ちだ。
モヤモヤするけれど、そういう気持ちもヴィルレリクさまから貰った魔力画を観て癒されていると大体消えていってしまうので、あまり気にしている時間もない。
小さな魔力画を巾着から取り出して、眺めつつ食べる。
かわいい。心が落ち着く。食卓が華やぐ。
気持ちが明るくなった私とは反対に、ヴィルレリクさまは微妙な顔付きになっていた。
「リュエット、このワニの絵持ってること多いよね」
「はい。この青ワニちゃんは私の幸運のお守りですから。それにほらウィルさま、よく見てると可愛くありませんか?」
「可愛くはないと思うよ」
「このゆっくり手を上げながらちょっと口を開けるところとか、目を瞬かせるところとか」
「全然わからないけど、リュエットが気に入ってるならよかった」
最初にもらったときは青いワニの意味がわからなかったけれど、じっと見ていると不思議な愛嬌があるように見える。しかもこれは、魔力画家の夢に出てきたワニを描いたもの。ヴィルレリクさまが青いワニの夢を見ているところを想像すると、ますますかわいく思えてきて私のお気に入りの絵なのだ。
「この青ワニちゃんが守ってくれているので、私は大丈夫です」
「ならいいけど」
私が笑うと、ヴィルレリクさまがちょっと微笑んで頷いてくれた。
そんなふうに今週も特に何事もなく過ぎさっていくと思っていたけれど、残念ながらそうはならなかった。




