あなたは運命の人2
その彼女は、流れるような美しいプラチナブロンドだった。エメラルドの目は、私よりも明るく澄んで見える色で、美しい顔立ちをしていた。リボンの色からお兄さまやヴィルレリクさまと同じ3年生であることがわかる。
私の隣に立っているミュエルが「トートデリア公爵ご令嬢、セリーナさまよ」と囁いて教えてくれた。
「ヴィルレリクさまとは、わたくしが婚約するはずだったわ。幼馴染みで家としても交流があった。わたくしはずっと彼を見てきたのに」
トートデリアといえば、高級ワインの産地として有名な丘陵地だ。そして、ヴィルレリクさまのお家があるキャストル領に近い。領地が近いほど自然と交流が多くなるので、年齢も近いならセリーナさまとヴィルレリクさまが親しい関係だったというのは本当なのだろう。
「昔の事件の頃、キャストルから離れる家も多かった。だけどわたくしはお父さまを説き伏せてでもそうしなかったわ。ヴィルレリクさまのおそばにいたかったから……なのにどうして、いきなり出てきたあなたがヴィルレリクさまに近付くの?」
「トートデリアさま、そのことについてはリュエットは」
「お静かになさって。わたしはカスタノシュさまとお話ししているの」
学園は家の爵位を重視せず誰に対しても同じように敬うという教えがあるけれど、その教えに従わないという人も少なくはない。セリーナさまは家の爵位も学年も上だということから、黙るように言われてミュエルも口を噤んだ。
彼女の目は暗い。
公爵であれば伯爵家のうちよりも階級が上なので、キャストル家としてもセリーナさまとヴィルレリクさまが婚約すればうちとするよりもメリットはあるのだろう。もしヴィルレリクさまが相手を自ら決めなければ、家の意向としてトートデリア家との繋がりを強めるために彼女と結婚していたはずだ。
好きな相手と結婚できると思っていたのにそうならなかったのなら、きっとセリーナさまはショックだったのだろう。想像すると辛い状況だけれど、だからといって私にできることは何もない。
「申し訳ありません、私が何を言ってもきっとお気持ちは鎮まらないと思いますが、ウィルさまのことについては」
「あの方をそんなふうに呼ばないで。……わたくし、あなたが憎いわ。ヴィルレリクさまはどうしてあなたを選んだの? どうしてわたくしではなく、あなたなの?」
セリーナさまは、憎しみというよりは、壮絶な悲しみを湛えた目で私を見てそう言った。あまりに切実なその視線が私の心の中に突き刺さるように感じる。
言葉を探しているうちにチャイムが鳴り、ミュエルたちが行かなくちゃと声を上げてセリーナさまにお辞儀をする。ミュエルは私の手を握ってセリーナさまに礼をして「失礼いたしますわ」と会話を切り上げてくれた。
皆で早足で教室に急ぎながらも、口々に私を気遣ってくれる。
「リュエット、大丈夫?」
「辛かったでしょうけれど、気にしない方がいいわ」
「私たちもはしゃぎすぎたわね」
「皆さま、ありがとう。私は大丈夫よ」
微笑んでお礼を言って、自分の席へと座る。すぐに授業が始まったので、その話題についてはそこで終わりになった。
どうしてヴィルレリクさまは私を選んだのか。
その理由はわかっている。私たちの運命が重なったのが今、この世界だったからだ。
私が前世の知識やアイテムを持っていて、そしてヴィルレリクさまが何度も生まれ変わった記憶と技術を持っていた。だからこそ、聖画による混乱を防ぐことができて、そして私たち2人ともがその先へと進むことができた。
他の誰にも言えないことだけれど、それは事実として存在し、そして私とヴィルレリクさまを結びつけている。そのことは幸運なことだし、ヴィルレリクさまと一緒にいられることは嬉しい。
けれど、もし、そうでなかったら。
何かがズレていたら、私はヴィルレリクさまと一緒にはいなかったかもしれない。
ヴィルレリクさまは、セリーナさまと結婚をしていたかもしれない。
私とヴィルレリクさまの関係は、彼が長く繰り返してきた人生のうちの、たったの一回の結果でしかない。
そう考えると、この一回がどれだけ貴重で、そして脆いものなのかと恐ろしくなる。
「リュエット?」
は、と気がつくと、ヴィルレリクさまがじっと私を見つめていた。
ぼんやりしているうちに授業が終わってしまったらしい。お昼のために迎えに来てくれたヴィルレリクさまが、少し訝しげに私を呼んでいる。
「ヴィルレリクさま」
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。お待たせしました」
テキストをしまってから立ち上がると、ミュエルが私の手をギュッと握る。
「リュエット、気にしちゃダメよ。悩むなら相談して。私でも、ヴィルレリクさまにでも」
「……うん、ありがとう、ミュエル」
真剣に私を心配してくれるミュエルの手を握り返して、心からお礼を言う。ミュエルは頷いて、それから私の手を引っ張った。
「じゃあ行きましょう? お腹が空いたわ。きっと今頃ティスランさまが私たちのために席をとっていてくださるだろうし」
「そうね」
私の手を繋いだまま明るく言うミュエルは、もういつも通りの笑顔を見せていた。私もそれに微笑んで、ヴィルレリクさまを見上げる。
「ウィルさまも行きましょう」
琥珀色の目でじっと私を見ていたヴィルレリクさまは、それでも何も言わずに頷いた。




