運命を決めるのは誰ですか?10
自分が自分として生まれる前に生きていた世界の記憶、そこでゲームとして遊んでいた世界に今存在しているらしいということ。今でもそれが事実としてあることなのか、なぜそうなったかはわからない。
けれど、そうであったこともあの事件から生き延びるための条件だったとしたら、私の一部として受け入れられる気がした。
自分が今生きている場所がゲームの中なのかと迷うこともあったけれど、最近はあまり気にならなくなってきた。
ヴィルレリクさまがいて、家族も友達もいて、平穏な暮らしが続いている。それだけで十分だ。魔力画もいっぱい見られるし。
「そういえばウィルさま、あとで額縁を見に行ってもいいですか? お休み明けに美術の授業で絵を描くので」
「うちにあるので良ければあげるけど」
「本当ですか?」
「うん。塗料もあるから変わった色の額縁が欲しいなら塗ればいいし」
何度かお邪魔したキャストル侯爵家は、緊張するけれどそれ以上に様々な魔力画や絵画、芸術品を所蔵していて毎回帰りたくなくなるほどだった。魔術に関連する犯罪の捜査機関である黒き杖を率いる家だからか、画材もあって魔力画の勉強にもうってつけだ。資料として保管しているだけでなく、実際に使うための画材も多いらしい。
「……ウィルさま」
「なに?」
「私、前々から思っていたのですけど、その……あの頂いた魔力画や小鳥の絵を描いたのって、もしかしてウィルさまですか?」
王家存続にも関わる聖画事件について、表沙汰にはならなかったものの、私はそれに巻き込まれて、そして解決に助力した。魔力画を思うからこその行いだった。
そんな私の気持ちを汲んであげてくれ、と、ヴィルレリクさまと彼のお父さまであるキャストル侯爵、そしてミュエルのお父さまで魔力画愛好家のロデリア伯爵の取りなしにより、お父さまは魔力画の所持を認めてくれた。己の身の丈に合った蒐集をすること、家ではなく個人の財産として管理し親族間で魔力画のやりとりをしないこと、という条件付きだけれど、その日はお父さまに抱きついたくらいに嬉しかった。
それから早速ヴィルレリクさまがプレゼントしてくださったので、今、私の手元には23枚の絵画と5枚の魔力画がある。
半分は部屋に、半分はお屋敷の廊下などに飾っているけれど、そろそろ壁のスペースがなくなってきたくらいだ。
この冬だけでも、あまりに沢山の絵を貰った。魔力画は特に価値があるものなのであまり貰えないと遠慮しても、ヴィルレリクさまは「リュエットにと描かれたものだから」とホイホイとプレゼントしてくれるのである。
小鳥たちや線と円の絵を描いた魔力画家とは未だに面識がないけれど、私は何度かお礼を兼ねたファンレターを送っている。だから私のために絵を描いてくれても不思議ではないけれど、それにしても、描き過ぎではないだろうか。
小さいものとはいえ平均すると毎日1枚、ときには3枚もプレゼントされていると、さすがに面識のない相手への好意としては少々行き過ぎではないかと思えてくる。1時間やそこらで完成するものではないから余計に。
ヴィルレリクさまが出資している魔力画家だとしても、さすがに苦情を言うレベルではないか。
それに、貰う絵のモチーフには私が好きなものがふんだんに使われている。小鳥や、今の時期に雪を割って咲く赤藤草。ふわふわの可愛い生き物たち、うちの領地で取れるちょっと珍しいフルーツや、私の大好物である南部の家庭料理が描かれている絵も貰った。
なんだか偶然にしては私の好みのものが多いなと思って、そういえばヴィルレリクさまに話したことのあるものばかりではないかと気付いた。
ヴィルレリクさまがその魔力画家に伝え、魔力画家が描いてヴィルレリクさまに渡している可能性もあるけれど、ヴィルレリクさま本人が描いているほうが納得がいく筆の速さである。
「侯爵家に画材が沢山あるのは、もしかしたらウィルさまが使っているからではないかと思って……私に沢山絵をくれるのも、自分で描いたものだからなのかと。ウィルさまが描いたのですか?」
その疑問は日々私の中で大きくなり、そしてとうとう口から出たわけである。
貴族の中でも画家や小説家として活躍している人もいると聞く。そういう人は名を伏せて活動している人が多い。ヴィルレリクさまもそのひとりだとしたら、本人に確かめるのは失礼かもしれないけれど。
ヴィルレリクさまから貰う絵は、どれも一目で好きになってしまうような絵ばかりだ。もしヴィルレリクさまが私のために描いてくれているのだったら、私は嬉しさで舞い上がったまま飛んでいってもおかしくない。
私はじっとヴィルレリクさまの返答を待つ。するとヴィルレリクさまがふいと顔を逸らした。
「違うし、魔力画家の正体は教えない」
「え? それはその、知られたくないからですか?」
「他人にもそうだし、リュエットには特に知られたくない」
そっけなく言われてショックに言葉が出なかった。
そのまま動けずにいると、ヴィルレリクさまがちょっと困った顔をした。温かい手がそっと宥めるように私の頬に触れる。
「そんなに悲しまれると困るけど、でも教えないから」
「それは、私が何か失礼をしてしまったからですか?」
「違う」
「人違いだったのでしたらごめんなさい。でも、あの絵を描く方に会ってお礼を言いたくて」
「それはダメ」
お礼の言葉も手紙も、ヴィルレリクさまを通して渡してもらっただけで、相手のことは「喜んでた」とヴィルレリクさまから聞くだけだった。素敵な絵を貰っているのだから直接お礼を言いたいし、関係が近付いた今、ヴィルレリクさまもそれを許してくれるかと思ったのに。
ヴィルレリクさまからあまり断られる経験をしていないこともあってか、ショックで胸のあたりがズキズキするようだった。
ヴィルレリクさまがそっと私の肩を撫で、それから軽く息を吐き、少し低い声で言った。
「……リュエット、もし画家にあったら『推し』にするでしょ」
「え? あの、はい。推す……と思います」
なぜヴィルレリクさまがこの世界ではあまり使われていない『推し』という言葉を使うのかと一瞬ビックリしてしまった。一緒に絵を眺めているときにうっかり何度か「この絵が推しですね」とか言ってしまって内心慌てていたけれど、まさか憶えられていたとは。
「リュエットはラルフも推してるよね」
「え?!」
「ラルフは推しなんでしょ? 推しで憧れだから、恋愛の好きとは違うって言ってたよね」
「あ、はい……そうです……」
ラルフさまが推しだということがバレている。憧れとかマイルド表現をしていたはずなのになぜ。
私が挙動不審になりかけながらも頷くと、琥珀色の目が半分細められてこっちをジッと見た。
「じゃあダメ」
「推しにするからダメなのですか?」
「そう。憧れで好きとは違うんでしょ。そういう気持ちは向けてほしくないから」
「それは……」
つまり、推されたくない、「恋愛の好き」ではない気持ちは向けてほしくない、ということだろうか?
魔力画家に対して、憧れじゃなくて恋愛の好き、ならばいいということだろうか?
自分に対しては、好きという気持ちでいてほしいから?
「それってやっぱりヴィ」
「ダメ」
「本当はウィルさ」
「教えない」
「あの魔力画の」
「ダメ」
ヴィルレリクさまが私の口を手で覆ってしまった。大きな手を苦労して剥がして訊ねようとすると、ヴィルレリクさまの顔が不意に近付いてきてちゅっと別のもので口を塞がれる。一瞬のことだったけれど、私はそれで完全に沈黙させられてしまった。
「これからもリュエットが喜ぶように、沢山絵をあげる。だから推したらダメだよ」
それはかなり難しいリクエストだったけれど、私は頷くことしかできなかった。




