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真実はここで見つけるしかないようです16

 じゃり、と踏み締めながらヴィルレリクさまが私を見る。それからもう一度口を開いた。


「終わったよ」


 なんか迫力がある。


「はい。ヴィルレリクさま、手は大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れた」


 ヴィルレリクさまは見た目はいつもと変わらない様子だけれど、やはり疲れているようだ。自らの手を斬ってあんな魔術を使ったのだから当然かもしれない。こちらに近付いてきたヴィルレリクさまを支えようと立ち上がると、私の背中に再び開放感が襲ってきた。


 このまま手を伸ばしたら、ますますドレスの背中が開いてしまう。

 慌てて背を伸ばし、片手を素早く背中へと回す。

 ガレイドさまとマドセリア伯爵夫人は気絶しているからまだいいとして、サイアンさまはしっかりと意識があり、しかもこっちを向いている。既にヴィルレリクさまに知られているというのに、このうえサイアンさまに私が今「背中の編み紐が千切れてしまいドレスが脱げかけている女」だと知られたら、私はもうこの先の人生をひとり穴蔵の中で暮らすしかない。


「リュエット、帰ろう」

「え、あの」

「そろそろティスランが人を連れてくるはずだから大丈夫」


 ヴィルレリクさまは、私が歩けるようにさりげなく私の背中をジャケット越しに支えてくれた。その力に押されるようにして歩みを進める。


「リュエット嬢」

「サイアンさま、……どうぞお健やかに」


 このまま黒き杖の人たちが事件の犯人を取り締まりに来れば、サイアンさまと顔を合わせる機会はほとんどなくなるだろう。お礼を言って別れるのも違うような気がして、結局ありきたりな挨拶になってしまった。それでも縛られて座ったままのサイアンさまは、丁寧に頭を下げてくれた。お辞儀を返してぎこちなく歩く。


 教会から出ると、夕暮れが迫ってそれが赤く染まっていた。周囲に生える木々の影も濃く不気味だったけれど、ヴィルレリクさまがいてくれるのでここへ来たときほど不安は感じない。


「あ、あれは……」

「マドセリア伯爵だね」


 不気味な色の教会を振り向いたとき、その横に誰かが倒れていることに気が付いた。がっしりした体型の男性が倒れ、その首元に斧がふたつ刺さっている。仰向けで倒れている伯爵の喉の上で交差するように地面へ突き刺された斧はかなり異様な光景だった。広げられた両腕のところは鎌が刺さっている。身動きしない伯爵は意識があるのかないのか、遠目ではわからなかった。


「……お兄さま、あの武器、どこから持ってきたのでしょうか」

「さあ。カスタノシュ家を出たときは持ってなかったと思うけど」


 行こうと促すヴィルレリクさまは、この知りたいような知りたくないよう謎にもマドセリア伯爵にも興味がないらしい。興味なさげに目を逸らして歩き出した。


「リュエットォォオオ!! 無事か!!!」

「お兄さま」

 生まれたての小鹿のような走り方でお兄さまがやってくる。その背後には黒いマントを着た男性がついてきていた。私たちの前まで走ってきて、お兄さまは私の手をがっしりと握る。勢いが強すぎて体勢を崩し、また背中にピンチを感じた。


「ちょ、お兄さまやめて」

「リュエット、怪我はないか?! どうして顔をこわばらせている?! もしや奴らもしくは今隣にいる男に何かされたのでは」

「ティスラン。リュエットは疲れてるから先に馬車に乗せておく」


 握った手をブンブン振るものだから私は気が気でなく、蹴ってでも振り払おうかと思っているとヴィルレリクさまがさりげなくお兄さまの手を剥がしてくれた。ほっと安心していると、お兄さまがくわっとヴィルレリクさまを見つめ一気に喋る。


「そうかそれは我が妹リュエットが世話になったな礼を言おうヴィルレリクでも我が妹リュエットはこのお兄ちゃまにエスコートされた方が安心だろうからこれから先は私が連れて行く貴様はそこのむさ苦しい男どもに揉まれながら事態の収拾を図るがいい」

「疲れたから断る。ティスランが説明しておいて」

「なんだと貴様私の方が貴様の千倍も疲れているぞ!! 見ろこの震える手足を!!」


 確かにお兄さまは見てわかるほどプルプルしているし、黒き杖の人への指示であればヴィルレリクさまがやった方がいいのかもしれない。

 けれどヴィルレリクさまは唯一私が今抱えている秘密を知る人間である。お兄さまといえど無闇に知られたくない事実を、さりげなく隠す手伝いをしてくれているのだ。


「お兄さま、ヴィルレリクさまの言う通りにしてくださいますか?」

「リュエット、なぜ……!!」

「お願いします」

「そんなに……そんなにその男がいいというのか!! このお兄ちゃまを、雨の日も風の日もリュエットを思いリュエットと共に育ってきたこのお兄ちゃまをさしおいてまでその男が」

「早くしてお兄さま」


 面倒くさいことを言い出しているお兄さまの相手をするのも、疲れを労るのも、とりあえず着替えてからにさせてほしい。また後でと言い置いて、私はヴィルレリクさまと歩き出した。ヴィルレリクさまに背中を押さえてもらい、私は前側を不自然にならない程度に押さえ、そろりそろりとした歩みである。


「リュエット……リュエットォオ……」


 まだ私を呼んでいるお兄さまを、黒き杖の人が慰めている声が背後に聞こえた。

 最初に連れられてきたお屋敷の正面へ回ると、馬車がいくつも停められているのが見えた。その多くは荷馬車や幌馬車であり、何人かの男性がなにやら機材を取り出したり、逆に運び込んだりしている。屋敷の捜査が既に始まっているようで、ヴィルレリクさまの姿に気付いた何人かのうち、一人の男性がこちらにやってきた。

 前に私へ事情聴取をしたうちの1人だ。相手も私を見たので、目礼を交わした。


「聖画は消した。リュエットと僕は先に帰る」

「聖画が……はい、準備はできています」


 男性は僅かに驚いた様子を見せながらも、ヴィルレリクさまに馬車を示した。車寄せには馬車が2台停まっている。ひとつはうちの紋章が付いたもので、もうひとつはひと回り大きくキャストル家の紋章が付いたものである。


「あっちはティスランが乗るだろうから、リュエットはこっちに乗って。送っていく」

「ありがとうございます」


 うちの馬車に乗って背中を隠したまま屋敷へ帰りたかったけれど、ヴィルレリクさまが大きな馬車の方に私を促したので私はそちらに乗ることになった。

 フカフカの座席に腰掛け、背中をしっかり預けて一息つく。ヴィルレリクさまが向かいに座り合図をすると馬車がゆっくり動き出した。


「大丈夫?」

「はい、すみません……」

「お腹空いたね」


 のんびりとそう言ったヴィルレリクさまに一瞬呆気にとられ、それから私は頷いた。

 確かにお腹が空いている。自覚するとますますお腹が空いてきた気がする。ヴィルレリクさまはそっと胃の辺りを撫でていた。飄々とした顔なのに、かなりお腹が空いているのかもしれない。

 今までの緊迫感から解き放たれた感じがして、私はヴィルレリクさまと笑い合った。






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お兄ちゃま、伯爵をちゃんと倒しててかっけえ……
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