真実はここで見つけるしかないようです8
私の左腕は、ガレイドさまが握ったままでいる。けれど、私の手を縛っている縄は少し緩み始めていた。私は、私たちを追い抜き教会の中へ入るマドセリア伯爵夫人を警戒したフリをしてさりげなく体の向きを変え、ガレイドさまの注意が私の背中にいかないようにした。掴まれている腕が動かないように気を付けながら、縄が解けないか右腕を動かしてみる。
マドセリア伯爵夫人はヴィルレリクさまの近くまで歩み寄ると、愉快そうに小さく笑った。
「あの忌々しい子供が、よくもここまで育ったこと。いつもどう殺してやろうかと思っていたものだけれど、聖画が集まるこのときにやってきたのも神の思し召しねえ。血の一滴も残さずに使ってやるわ」
「マドセリア伯爵夫人、聖画は我が家にあるものを除き、全て集まっているのですか? 確か既に失われているものもあるのでは?」
私が後ろから声を掛けると、片眉を上げながら夫人がこちらを振り向いた。
「必ずしも全てが必要なわけではないわ。我がマドセリアが編み出した魔術があればね。あと一枚でも集まれば、あの憎きフィルドルフを屠ることくらいはできる。そうなればお前たちのような無礼な輩は順番に死刑台に送ってあげるわ」
「全て揃うことが条件だったのなら、それを変えることは難しいように思いますが」
「無知だこと。魔術の発動に重要なのは、呪文よりも魔素。強い魔素があれば大抵のことを叶えられるのよ。そして私たちはこの日のために魔素を育ててきた」
「魔素を育てる?」
魔素は、自然界にある木や石などに宿る。気の長くなるような時間を経て、世界にある微量な魔素を蓄えているのだといわれていた。強い魔素を含む宝石のようなものは、それこそ何百年とかけて作られる。人にできるのは、魔素を溜めたものを見つけて切り取り加工することだけだ。魔素を育てるなど聞いたことがない。
訝しげな私の顔を見て、伯爵夫人は再び笑った。ゆっくりとヴィルレリクさまが座る椅子を回り込み、背後からヴィルレリクさまの顎を掴む。ヴィルレリクさまの目が痛みからか少し細められた。
伯爵夫人の細く尖った爪がヴィルレリクさまの頬に食い込み、そこからわずかに血が滲む。やめて、と声を上げた私をおかしそうに見つめながらそれを親指で拭い、私に見せつけるよう指をこちらに向けた。
「世の中にあるどんなものよりも強い魔素を秘めているのが、これよ。魔術を扱える人間の血こそ、最も魔素が濃い物質。王家がひた隠しにしているけれどねえ」
「……では、魔素を育てたというのは」
「我が家は魔術のために血筋を濃くしてきた。我が息子、ガレイドは我が家でも最も魔術に長けた人間なの。目を付けられないように実力は隠していたけれど、その血をもってどんな魔術も身に付けることができたわ」
思わず隣にいるガレイドさまを見上げた。痩けて青白い顔は、虚ろな様子は、私が思っていたような原因ではなかったのかもしれない。
夫人の手を振り払ったヴィルレリクさまも、ガレイドさまを見ている。視線を浴びているガレイドさまは、相変わらずどこを見つめているか分からない様子で立っていた。手だけが私の腕をしっかり握っている。
「ガレイドさまを次期国王にしようとしていたのではないのですか? 魔術を使うためにあなたの子どもを、ガレイドさまの身を損ねてしまっても良いのですか?」
「ガレイドを使う気はないわ。術に使う予定だったのはサイアンよ。あの子もいくらかは使える。命を使えば欠けた聖画など問題にはならない」
「サイアンさまを?」
彫りの深い顔に、こげ茶の強い目が思い浮かぶ。
ガレイドさまの弟であるサイアンさまを使うことで、聖画の魔術を発動させる。血が魔素であり、命を使うということは、発動すればサイアンさまは無事ではいられないはずだ。
「あなたの子ではないのですか? サイアンさまは、それを知っているのですか?」
「もちろん。そのために育ててきたのですから。でもそれも必要ない。より強い魔素が手に入ったのだから」
伯爵夫人は、サイアンさまの代わりにヴィルレリクさまの血を使うつもりのようだ。人の命を何とも思わないその企みに、恐れとも怒りともつかない感情が湧き出る。
「さあ、聖画の場所を教えなさい。あるいは、このままこの男の首を切って魔術を発動させてみるのもいいわね。魔素が強ければ、このままでも十分な力があるかもしれないわ」
「……わかりました」
私は頷いて足を肩幅に開いた。腕を掴むガレイドさまの力が強まる。その顔をもう一度見上げ、私は虚ろな目に語りかけた。
「ガレイドさま、ご無礼をお許しくださいませ」
言い終わるのと同時に、左足のヒールで思いっきりガレイドさまの足を踏む。怯んだガレイドさまに体当たりをするようにして、縄を解いた手でその腰にある剣を手に入れる。
重い。取り落とさないようにしっかりと握りながら、私はヴィルレリクさまの方へとはしった。




