真実はここで見つけるしかないようです7
マドセリア家の長男ガレイドさまについては、頭脳明晰だという噂を少し聞いたくらいだった。特に変わった話も聞かなかったので、こんな普通とは言い難い状態の人がまさか本人だとは思わなかった。
マドセリア伯爵夫妻はともかく、このガレイドさまは目付きや声の虚ろさが、どこか現実と乖離した印象が強い。その言葉も。
今までに学んだ歴史の中で、マドセリア王朝というものは存在しない。
その王朝の第一の王と名乗っているということは、やはりマドセリア家は聖画を集め魔術を使うことで王権を狙っているのだろう。
「あの、発言をお許しいただけますでしょうか……陛下」
ガレイドさまの様子が普通ではないので、まずはできるだけ刺激をしないことを心がけて声を掛ける。少し悩んで最後の言葉を付け加えると、後ろ手に縛られた私の腕を掴んで歩いているガレイドさまがちらりと私を見た。それから前へ視線を戻し「許す」と短く答える。
「正統なる血筋というのは、どういった意味か教えていただけますか?」
「マドセリアは正統な王家である。簒奪した現王家を廃し、国を正しく導くべきである」
「今のフィルドルフ家は、マドセリア家から王位を簒奪したのですか?」
「フィルドルフは邪心から我が王家の権威を奪い、王国を支配した許しがたい一族である」
歴史書によると、今王国を治めているフィルドルフ王朝は過去200年以上も続いている。それ以前はトリンカ王朝であり、その王朝も100年近く続いていた。トリンカ王朝の最後の王とフィルドルフ王朝の最初の王は遠縁でもあったため、現王朝に正統性がないということはない。
戦争が続き荒廃が進んでいたこの国を治め、長く豊かにしてきた王家に対しては、貴族はもちろん民にもその偉大さは伝わっている。王城へ出仕しているお父さまも、国王は公平な人だと常々言っていた。
そのような人たちが簒奪者だというガレイドさまの言葉は、私にとっては信じがたい言葉だ。
けれど、ガレイドさまはそれを信じているようだ。この様子はむしろ盲信しているといったほうがいいのかもしれない。
少なくとも、理詰めで説得することによって納得してくれるようには思えなかった。
廊下を進み、裏口から小さな屋敷を出る。その向こうには教会があった。
教会だと思ったのは、独特の尖った屋根を持つ建物の形状がそうだと思ったからだ。
基礎部を除き木材で作られているそれは領地の外れにあるような小ぢんまりとして質素なものだけれど、領地のものとは決定的な違いがある。
外壁が全て赤く塗られている。
窓も屋根も構わず赤一色に塗られているせいで、本来の大きさよりもずっと圧迫感を与えるたたずまいだった。領地でも王都でもこんな教会は見たことがない。
周囲を覆う鬱蒼とした森と、赤い教会。その不気味さに立ち止まると、腕を掴むガレイドさまに促された。
「入れ」
開けられた赤い扉の向こうへ、押されるようにして入る。
近付いてみると建物は建てられて間もないもののようで、中には木と塗料の匂いが漂っていた。奥に祭壇はあるものの祈りのために並んでいるはずの椅子はなく、そのかわり中央に椅子が置いてある。
「ヴィルレリクさま!!」
駆け寄ろうとした私を、腕を掴んだままのガレイドさまが止める。
椅子にもたれ掛かるようにして座っていたヴィルレリクさまが顔を上げた。
私と同じように後ろ手で縛られたヴィルレリクさまは、片頬が腫れて口の端に血が滲んでいる。
琥珀色の目が私を捉えると、ヴィルレリクさまは痛そうに顔を歪めながら私の名前を呼んだ。
「ヴィルレリクさま」
怪我をしている。ということは、ヴィルレリクさまの持っている魔力画は全て壊れてしまったか、それとも取り上げられてしまったのかもしれない。
あの時の傷だろうか。それとも、後で殴られたのだろうか。考えるだけで胸が痛くなった。
「まさかキャストルを手に入れられるとはねえ」
ハッと振り返ると、扉の入り口にマドセリア伯爵夫人が立っていた。
私の視線に気付いた夫人が、片眉を上げ見下すように笑った。
「そういえば、この男に聖画を渡すと言っていたかしら? 残念ながらその機会はなくなったようね」
ミュエルを助けなければ、隠した聖画の場所を教えずヴィルレリクさまの手に渡ると私は夫人に言った。ヴィルレリクさまがここにいるということは、マドセリア家の人は横取りを心配することなく私に居場所を問い質すことができる。
もし私が聖画の場所を知らないと気付けば、私はもちろん、囚われてしまったヴィルレリクさままでもが危険に晒される。誰かがこの場所に気付くだろうか。それまで私たちは無事でいられるだろうか。
後退りしそうになって、私は足に力を込めた。
この世界はゲームではない。少なくとも今の私にとっては、紛れもない現実だ。だから、失敗してしまえばやり直しはできない。
このままでいれば、私とヴィルレリクさまの身が危ない。それだけでなく、王家、王国全体もが危機にさらされる。
ヴィルレリクさまを助けたい。2人で無事に家に帰って、また元の平和な生活がしたい。
神や、他の誰かや、アイテムらしきものが頼れなかったとして、そのために私に何ができるのか。
マドセリア夫人を見つめながら、私は自分がすべきことを探し始めた。




