悪意はいつどこにあるのかわかりません17
「なるほど、カフェにも特殊な魔術が掛けられた魔力画の1枚があったのですね」
「そう。没落した貴族から買い取ったものの中にあったらしいよ」
「マドセリア家からも魔力画盗難の申し出があった……なら、その犯人はやはり魔力画を再び集め始めていることになりますね」
学園での火事についてはまだ捜査中ということもあって、盗難も起きていたかは教えてもらえなかったけれど、その可能性は高そうだ。
ヴィルレリクさまの説明を聞いて昔の事件との類似点が増えると、やはりお兄さまが言った、欠けた魔力画を補う方法を考え出したというのは本当かもしれないと思えてくる。
犯人が何を考えて事件を起こしているのか、ということについては、ラルフさまやヴィルレリクさまの話でわかった。
けれど、わからないこともある。
「最近の事件は、どうして私の周囲で事件が起こるのでしょう? 私は魔力画についてもよく知らないし、うちにあった魔力画は全て手放してしまったのですから、関係がないと思うのですが」
最初の事件、カフェの魔力画が燃えたのは、入学してしばらく経ってからだ。その頃にはミュエルをはじめ、クラスメイトの女生徒にも私が魔力画という沼にハマったことは伝わっている。誰かがそれを聞きつけて、私が魔力画について調べていると知ったということはあり得る。
しかし、そもそも私と魔力画の間には、悲しいことに接点がほとんどない。
入学するまで私は魔力画について全く知らなかった。王都の家にも領地の屋敷にも魔力画はなく、普通の絵画もほとんど飾られていなかったし、たまにお父さまについて王都の家に来ても魔力画があるような上品な場所に行くこともほとんどなかったと思う。
領地に連れて帰る家畜の買い付けを見に行ったり、賑やかな市場を見る方が私は好きだった。領地にない活気が新鮮だったし、静かな場所でお淑やかにしているよりは動き回っていた方が良かったからだ。
だから私は、魔力画について知らないうちに何か秘密を握っていたということもない。読んでいた専門書も初心者向けの浅く様々な説明が載ったものが多いし、見て回った魔力画だって、授業で観た有名なものや学園に展示されていたものくらいだ。少しでも魔力画に詳しい人なら誰でも、私の知っている程度の知識はある。
ラルフさまの家にあったような脅威ともなりうる魔力画の存在も今知ったばかりだし、そもそもその魔力画がどういうものなのか、誰が描いたのか、そして他にどこにあるのかなんて全く見当もつかなかった。
「やはり私は偶然居合わせただけで、ヴィルレリクさまを狙っていると考えた方が妥当なのではないでしょうか? カフェでもお会いしましたし、マドセリア家の展示会にもいらっしゃってましたよね。学園でも駆けつけてくださいましたし」
魔術についての捜査を担う黒き杖との関連が深いヴィルレリクさまであれば、その特殊な魔力画がどこにあるかの情報を知っているかもしれないし、事件の内容についてだって知っている。
ヴィルレリクさまを脅したり、その注意を向けるために魔力画を燃やしたと考える方が筋が通るのではないだろうか。
そう言ってみると、隣に座っているお兄さまが「そうか」と呟いた。
「だから父上はヴィルレリクにリュエットの身を守ることを許したのか」
「お兄さま、だから、とはどういう意味ですか? 私は関係ないんじゃ?」
「いや、ある」
いつになく真面目な顔をして考え込んでいたお兄さまが、椅子ごと動いて私の方へと体を向けた。
「リュエット」
「はい」
「うちには1枚だけ魔力画がある。父上は何も言っていないが、おそらくあれがその例の作品群のうちのひとつだ」
そうだろう、とお兄さまがヴィルレリクさまを見ると、ヴィルレリクさまは肯定も否定もしなかった。もし可能性がゼロであれば、ヴィルレリクさまは私たちを安心させるためにきっと教えてくれている。
「うちに魔力画が……?」
「そうだ、リュエットにも前に教えなかったか? 代々伝わる一枚は、どこかに仕舞い込んでいるらしい」
「そういえば、聞いたような気がします」
前に我が家と魔力画の関係について説明してもらったときに、お兄さまがそんなことを言っていた気がする。お父さまがタブーとされているなら訊けないし、どこにあるかわからないのならと気にせず、そのうちにすっかり忘れてしまった。
頷くと、お兄さまが私の手をまたガッチリと掴んだ。痛みを感じるくらい握っている。
「うちは魔力画を飾らず、話題にも出さず、所在もおそらく父上しか知らない。そんな状況で入手しようとするなら、リュエット、お前に危害を加えるぞと脅すのが1番の近道だと犯人は考えたのだろう。お父さまも、お前のことは特に大事に思っているからな」
ヴィルレリクさまを見ると、琥珀色の目は静かに私に向けられていた。何も話し出そうとしないことが、お兄さまの話を肯定しているように見える。ラルフさまも、黙って聞いたまま何も言おうとはしない。もしお兄さまの話があり得ないものなら、きっと割って入ってくれたと思う。
「そんな……」
「可哀想な妹よ。お前の身はお兄ちゃまが必ず守る」
うちにある魔力画を、犯人が狙っている。
そのために、私を使ってカスタノシュ家を脅そうとしている。
犯人は魔力画を燃やすことで特殊な魔術のかかった魔力画を手に入れながら、次の魔力画のために準備をしていたのだ。だから私の近くで事件が起きる。
大袈裟に手を広げたお兄さまに抱き着かれながら、私は静かに困惑した。




