45 燃えるエミルくん
それから、私たちはミハイルさんたちの馬車に乗せてもらい、一緒に移動を続けた。
途中の開けた場所で野営をし、翌朝の今、ここでお別れしようと挨拶をしているところだ。
「本当に一緒に来ないのか?」
「は、はい! 危険地帯を抜けるまで馬車に乗せてもらえただけでありがたいですから!」
これから何日もこの人たちと一緒だなんて気が休まらないもん!
私の魔力も増えたし、エミルの召喚魔力は少ないのでずっと留まっていられるのはいいんだけど……他の執事たちの望みを叶えつつのんびり旅を楽しみたいと思っていたから、それが出来ないのは悲しい。
「それに、私たちは冒険者です。途中で薬草や素材の採集もするので、それに付き合わせるのは……」
「しかし、女性と子どもの旅は危険だろう」
「それは、そうかもしれませんが」
戦う執事もいるから大丈夫なんです、とは言えず口ごもってしまう。
それにしても……フラグを回避出来たんじゃなかったのか?
なんだかあの手この手で一緒に行動しようとしてきてない? 気のせい?
そんな時、エミルが助け舟を出してくれた。
「コトリお姉様と二人で旅をするって約束したんですっ! 次の町までボクが守るって! だから他の人はいらないんですっ!!」
「エ、エミル……!」
なかなかの大胆発言~! ど、どうしよう、そんな失礼な物の言い方して大丈夫!?
と、私はヒヤヒヤしていたんだけど、ミハイル様は明るく笑ってくれていた。
「そうか、それは邪魔をしてはいけないな。小さな騎士がついているのなら、信じてやらねば」
「す、すみません」
「いや、子どもだからといって決意を無下にするわけにもいくまい。それに、そなたも無策で旅をしているわけでもないのだろう?」
「まぁ、そうですね……」
「余計なお世話だったな。初対面の、それも貴族と一緒にいては気も休まらないだろう」
見透かされている……! まぁその通りなんですけど、それは貴族じゃなくても同じなので!
どのみち肯定も否定も出来ないので困ったように笑ってしまった。語るに落ちているかもしれない。
「ではせめてこれを持っていてくれないか」
「これは?」
ミハイルさんはそう言いながら私の手に半ば無理矢理なにやら高級そうな小箱を握らせた。中にはすごく大きな宝石が入っている。
えっ、何これ? 宝石、だよね? いや、違うのかな……あっ、魔石とか?
「これは救難信号だ。もし危険な目に遭ったら迷わず魔力を込めてくれ。私に伝わる。その時はすぐに駆け付けよう」
「でも」
「使わなかったら、町に着いた時に我がヒンギス家の屋敷に届けにきてもらえないか? 無事を確認するためにもどのみち来てもらえたらありがたいのだが」
くーっ、これ以上ミハイルさんの善意を断るわけにはいかないよね。なぜそこまでしてくれるのかはわからないけど。
結局、どのみち一度はヒンギス家とやらに行かねばならないようだ。困ったなぁ。回避ならず……。
ま、今じゃないだけマシだと考えよう。対策を立てられるしね!
「わかりました。本当に何から何までお気遣いいただきありがとうございます」
「私が勝手にやっていることさ。君の無事を祈るよ」
ミハイルさんが手を差し出してきたので私も恐る恐る手を伸ばす。握手を断るわけにはいかない、よね?
けど、ミハイルさんが私の手を掴んでグイッと自分のほうへと引き寄せたものだから思わずつんのめってしまった。
そのままミハイルさんの胸にぶつかった瞬間、
「わっ」
「また会えることを楽しみにしているよ、美しい人」
そんなことを、耳元で囁かれてしまった。
「……へ?」
今、なんと?
私がぽかんとしている間に、ミハイルさんは何事もなかったかのように私から離れると、笑顔で手を振り馬車へと戻って行った。
いや、まじで今何が起きたんだ。
私はそのまま馬車が完全に見えなくなるまでずっと、ぼーっと立ちつくしてしまった。
「なんっだ、あの変態ジジイはっ!?」
「うわ、びっくりした」
ようやく周囲に誰もいなくなった時、急に隣で大きな声が聞こえたのでビクッとしちゃった。
え、エミル? エミルが言ったの、今!? そっちのほうにびっくりだよ!
「あの野郎、ぜーーーーったいに下心ありですよ、コトリ様っ! ずっと熱い目でコトリ様を見つめていましたもん! 気持ち悪いっ!!」
「そんなまさか」
「これはすでに召喚されたことのある全執事に伝えておかないと……! コトリ様を守らなきゃ!!」
「大げさな。ひとまず落ち着いて」
エミルの新たな一面を見て戸惑いは隠せないけど、今はとりあえず冷静に。どうどう。
「もし、万が一、いや本当にあり得ないけど。ミハイルさんが私を美しいと本気で思っていたとしたら、眼医者にかかることをおすすめするよ」
はははと笑いながらそう言うと、エミルはキッとした目つきで振り返った。
わぁ、そんな顔も出来るんだね。普段の可愛らしいきゅるるんとのギャップぅ。
「コトリ様は、もっとご自身が魅力的な女性であることを自覚したほうがいいですっ!」
「やだ、エミルったら。褒め上手! どこでそんな話術を覚えたの? ありがとうね」
「本気にしてませんね!? んもーっ!!」
怒り方は可愛いね。ぷりぷりしてるのがすこぶる可愛い。
あ、待って、拗ねないで。ごめんって。でも心の底からそれはないって思うんだもん。
「だって、これまで生きてきた中で、可愛いだとか美人だとかもてはやされたことも、ましてや誰かに一目惚れされたことだって一度もないんだよ。告白されたことも恋人がいたこともないんだから。私も興味がなかったし」
「だとしたらコトリ様の周囲にいた人たちの目は節穴です!!」
「主人だからって贔屓目で見すぎでは……? あっ、なんでもナイデス」
さらにエミルのほっぺが膨らんでいったのでそろそろ黙ることにした。これ以上はエミルのほっぺが破裂しちゃう。
でもね、私はどこにでもいる普通の女だという事実は変わらないんだよ。むしろお洒落に縁のない、美人とは程遠い外見をしている。
ミハイルさんが美しい人、と言ったのもどうせ社交辞令でしょ。きっと女性のことは褒める文化があるのだ、貴族には。たぶん。
唯一、自分の中で自信があるとすればこの髪かな。
シャンプーやトリートメントのおかげで艶々のサラサラを保っているから。
これはね、本当にバスルームや石けん類を用意してくれた過去の主人に感謝の祈りを捧げたい。
お金や食事、その他必要な物もたくさんありがたいと思っているけど、バスルームはその中でも一番すごいと思う。
これを用意した人はさぞ美容にこだわりのある人だったに違いない。熱意を感じるもん。恩恵を受けられて本当に幸運だよ。
「いいですか、コトリ様。よぉく聞いてください」
「ハイ」
まだ終わってなかった。思わず背筋を伸ばしてエミルのほうに身体を向ける。
エミルは真剣な眼差しで人差し指を立てた。
「あの貴族の家に行かなくてはならないことが決まった今、事前に策を練りましょう。そして、コトリ様にあんな野郎は相応しくないということを徹底的に知らしめてやるのです」
「無理では」
あと、どちらかというと逆では。
しかも話が妙な方向に向かってない……?
「作法やマナーに強い適任がいるのですよ、コトリ様っ! 身を守る術を身に着けませんかっ!!」
エミルがめちゃくちゃ燃えている。あ、あはは。
理由はどうあれ、作法やマナーについては知っておいたほうがいいかも、ね?
勢いに押された私は思わず首を縦に振ってしまった。




