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聖女の行進  作者: 円夢
3/3

3.

 二年生も終わりにさしかかるころ、大陸の最北端で魔王が復活した。

 同時に、各地にはびこる魔物が一斉に活性化する。


 刻一刻と膨れ上がる魔王軍の勢いは留まることを知らず、半年と経たないうちに大陸の地図を次々と塗り替えていった。

 北部の小さな国々はあっという間に飲み込まれ、大陸中央で覇権を握る大帝国と交戦状態に入ったのは、私達が三年生に進級した春のこと。


 その頃には、シャルマは王太子を会長とする生徒会の副会長になり、主要な役員はすべて攻略対象で固めていた。すなわち、宰相の息子、騎士団長の次男、若き筆頭魔術師だ。

 ちなみに宰相の息子は、シャルマとは血の繋がらない兄だった。

 幼いころに優秀さを買われ、シャルマの父であるエルサルト公爵が養子に迎えた寄子だそうだ。


「結局、誰を勇者にするの?」


 訊ねた私に、シャルマはにっこり笑って「全員よ」と答えた。


「逆ハールートでは、魔王討伐に攻略対象を全員連れていけるの。大勢で攻撃できる分、魔王を倒しやすくなるし、何より隠しキャラが解放されて、味方についてくれるのよ!」

「そうなんだ。なら私も医療騎士団の企画書を早く仕上げて、大陸中のどこからでも助けを呼べるように頑張るね!」


 この世界にもレスキュー隊やドクターヘリのようなものがあれば、万一、討伐に向かった先で誰かが怪我や病気をしても、より早く治療を受けられる。

 そう思って考えた仕組みだったが、シャルマは急に興味を失ったように、「あー……、まぁ、そうね」と肩をすくめただけだった。


「魔王は私達で倒すから、そういうのは別に要らないけれど、レティもせいぜい頑張って?」


 シャルマが聖女(ヒロイン)になると決めてから、私達が一緒に行動する機会はめっきり少なくなっていた。

 彼女いわく、正ヒロインの私が一緒だと、攻略がうまく進まない可能性があるからだ。


 そんなわけで、私は生徒会にも入らず、ゲームの本筋とは全く関係ない活動――この世界にはまだ無い注射器を作れそうな職人を探したり、医療騎士団のアイディアを議会で取り上げてもらうために必要な手順を調べたり――に精を出していた。


 幸い、腕のいいガラス職人は、筆頭魔術師くんが出入りの業者を紹介してくれ、医療騎士団のアイディアについては、騎士団長の次男くんがいろいろアドバイスしてくれた。

 そのアイディアを元に作った草案は、宰相の息子くんが念入りに手直しして正規の法案に落とし込んでくれ、それを読んだ王太子くん……じゃない、王太子殿下が前もって国王陛下に話を通しておいてくれたおかげで、次の議会で正式に取り上げてもらえることになった。

 さすが、王国の未来を担う優秀な若者達である。


 唯一難点を挙げるとすれば、彼らに何か質問や頼み事をするたびに、打ち合わせと称してやたらとお高いカフェに呼びつけられたり、遠乗りに連れ出されたり、「それなら実家(うち)で相談しよう」と公爵家のお茶会に()ばれたり、さらには「機密が漏れてはまずいから」と、なぜか夜会で踊りながら話す、という超絶技巧を要求されたりしたことだった。


 そんな所に着ていく服はないと突っぱねれば、頼んでもいないドレスやアクセサリーを贈ってくるし、それはあなた方の領民が汗水垂らして働いて納めた税金だから無駄遣いするなと(たしな)めれば、消費して経済を回すのも貴族の務めだと返される。

 まったくもって「ぐぬぬ」である。


 そんな中、隣国であり、大陸でもっとも強大な軍事力を誇る帝国の首都が一夜にして消滅した、という衝撃的な知らせが王都を駆け抜けたのは、貴族学院の卒業を間近に控えたある日のことだった――。


 ※※※


「シャルマ!」


 生徒会室のドアを勢いよく開けると、そこには珍しくシャルマだけしかいなかった。

 考えてみれば当然だ。魔王軍に対する最大の防波堤だった帝国が滅亡の危機を迎えた今、残された私達の王国は丸裸も同然なのだから。

 王太子を始め、彼の側近候補である攻略対象達も、今ごろは王宮に詰めているに違いない。

 けれどシャルマはいつもと変わらず、生徒会室のテーブルで、のんびりとアフタヌーンティーを楽しんでいた。


「あら、レティ。ちょうど良かった。〈スヴィア〉の新作スイーツがあるのよ。久しぶりに一緒にどう?」

「シャルマ、今はそれどころじゃないでしょう? あなた、まさかこうなることも知ってたの?」

「こうなることって?」


 シャルマはこてりと首を傾げる。貴族学院での三年間で、攻略対象の少年達はいずれも為政者にふさわしく立派な青年に成長したというのに、シャルマだけは未だに子どもっぽさが抜けきらない少女のままだった。


「ヒロインは基本、素直で無邪気で、ちょっと天然なくらいが愛されるのよ」


 だそうだが、国が滅ぶかどうかの瀬戸際に、恋愛なんてしている場合じゃないだろう。

 相手の襟首を掴んで思いきり揺さぶりたい衝動を抑えながら、私はゆっくり説明した。


「帝国がこんなふうに滅亡するってことよ。ゲームをプレイしたのなら、最初から知っていたんじゃないの?」

「ああ、それ? 知ってたわよ、もちろん」


 くらり、と眩暈がした。

 知っていた? シャルマは知っていた?

 信じられない思いで、美味しそうにケーキを頬張る金髪の少女を凝視する。


「……っ! なら何で……っ! どうして何もしなかったのよ!」


 もっと早く討伐の旅に出ていれば。それが無理でも、シャルマは王家に次ぐ権力を持つ公爵家の令嬢だ。宰相を務める父に知らせるなり、王太子を通じて帝国に警告するなり、いくらでも手は打てただろうに。

 そうすれば、この世界で現実の生を生きていた、何百万、何千万もの人の生命を救えただろうに――……。


「だって、帝国の滅亡が聖女覚醒のフラグだもの」


 シャルマはこともなげに言う。

 その途端、私の中で何かがぶわりと膨れ上がった。

 同時に起きた輝く風が、閉ざされた窓のカーテンを吹き上げ、机に置かれた分厚い本のページを凄い速さでぱらぱら捲る。


「ほらね?」


 言いながら近づいてくるシャルマの手には、透きとおった石がついた見慣れない指輪が嵌まっていた。

 次の瞬間、室内に渦巻く風が勢いよく指輪に吸い込まれ、透明な石がきらきら輝きだす。

 赤から黄へ、黄から緑へ、緑から青へ。

 石が輝きを増すごとに、風は次第に勢いを失っていった。

 やがて指輪が白く輝き出すと、私はがくんとよろめいた。

 私の中から何かが急激に失われていく。


「へえ、さすが聖女様。すごい魔力の量だわねえ」


 光の向こうで、シャルマののんきな声がした。


「どういう……こと……」

「『吸魔の指輪(リング)』よ。本来は魔王討伐用の課金アイテムだけど、魔王だけじゃなく、聖女にも同じ効果があるんですって」


 どん、とシャルマに突き飛ばされて、私は背後のソファに倒れ込む。


「てかさ。あんたこの前、あたしがヒロインやってもいいって言ったよね? なのに何で普通にあいつら攻略してるわけ?」

「え?」

「とぼけんじゃないわよ。全部知ってるんだからね! キラ様とカフェでデートしたことも、エディと遠乗りに出かけたことも、公爵家(うち)で兄貴とお茶したことも、殿下と夜会を脱け出して二人きりで踊ったことも!」


 いや、それは全部打ち合わせで……と説明しようにも、今や全身から力が抜けて、口すら思うように動かない。

 そんな私をにらみつけ、シャルマは地を這うような声を出した。


「でもダメよ。聖女(ヒロイン)はあたし。あんたは悪役令嬢として、あたしの代わりにきっちり断罪されてちょうだい」


 その声を最後に、私は意識を失った。

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