第9話 決着
―ピエール執事長視点―
まったく、この人は……
王都から脱出する際も思ったが、まさに乱世の英雄。平時な世なら絶対に開花しなかったはずの才能が開花しているところを目撃している。
本来、自分は彼の補佐役なのに、補佐すら必要もないくらい完璧な作戦を作られてしまった。
狭い道に設置する罠や伏兵。大軍が攻めても容易に守りやすい天然の要害の利用。そして、弓兵や投擲兵の有効な活用方法。こちらの死者はほとんどいない。にもかかわらず、敵軍には甚大な被害をもたらしている。
彼とこの砦が組み合わされば、どんな名将だろうとも、ここを力攻めでは突破できない。ならば、持久戦ならどうだろうか。敵の軍監はミラーだ。代々、教皇領を保護するために派遣されている騎士の末裔にして、最高傑作とも呼び名が高い。若き名将。今は、なにもわからないハロルド大司教が指揮している分、わかりやすい力攻めだけしか攻めてこないが、持久戦で補給物資や水を枯渇させる兵糧攻めに入ったら……この天然の要害は、山を下らなければ、川の水にありつけない。
つまり、孤立した棺桶になる。
母君の亡骸の前でぼう然として、殿下のことを昨日のように思い出す。
「ピエール。僕は決めたよ。この王国や世界は間違っている。すぐに、乱世が来るだろう。その時、僕は妹と大事な人を守るための力を身に着けたい。僕にはそれが可能だろうか?」
「殿下以外の何者に、それができるでしょうか。あなたは天下人の器です。じいはそう確信しております」
幼少期のカール殿下は、本当に利発だった。マリア殿下を生んだ際に亡くなったとされている母君の死の真相が、王宮の権力闘争に巻き込まれた暗殺だったと直感で悟ったのだろう。その後、彼はダメ王子を演じ続けた。どこにいるかわからない敵から身を隠すために。
さぁ、殿下、腕の見せ所ですぞ。この戦いに勝利すれば、あなたは軍神のような扱いを敵味方問わずに受けることになる。
飛翔を始めた若き名将の背を見ながら、老執事の自分の目は間違いではなかったことを確信し笑った。
※
―ミラー軍監視点―
最初の突撃で甚大な被害が出てしまった。ハロルド大司教はやる気を失って、やっと撤退命令を出したとき、突撃命令をだした1万人の内、半数近くが死傷者になっていた。
「ミラー。あとはお前に任せる。なんとしても、なんとしても、あの砦を落とせ」
と命じられた。
あの砦は立地的に水源を場内に確保できていないだろう。相当な深井戸が必要だからだ。ならば、兵糧攻めし下流の水源地に監視の兵を置くことで簡単に無力化させることができる。あの天才的な指揮官が、まさかそれを考えていなかったのかとは思うが、王道の手堅い戦略を崩すのも難しい。
包囲3日目。そろそろ、苦しくなってきただろうと思うが、特に動きはない。無理やり包囲網の突破をはからないと、水不足で動けなくなるかもしれないのに。
そんなことを思っていると雨が降ってきた。くそ、これで計画がずれ込む。
砦を監視していると、きらりと光ったものがあった。なんだと思う間もなく、3カ所の水源の近くから爆発が起きた。
「なんだ、罠か⁉」
思わずそう叫んだが、あんな大きな爆発が起きるような罠があるわけがない。
「魔力攻撃です。砦の方向から魔力反応アリ」
「馬鹿な。あの規模で……それも連続攻撃だぞ」
伝令すら信じられない様子だった。
「すぐに、水源から兵士を引き上げろ。狙い撃ちにされる」
本陣は、魔力攻撃が届かない距離に陣取っているが、あの爆発だ。みんなが弱気にさせられている。
目のいい監視員が叫ぶ。
「エルフだ。緑髪の女エルフが敵陣営に‼」
周囲が騒然となる。エルフに出会うこと自体が、人生に一度あるかどうかのレベルであり、彼らは強力な魔力を持つ代わりに人里離れた場所に結界を張って住んでいる。そもそも、人間嫌いの種族である彼らがなぜ、敵陣営に味方している? それほどカリスマ性があるのか、向こうの指導者は。
本陣から離れ、陣頭指揮を取りながらなんとか混乱を抑え込もうとしていたさなか、事態は急変する。
「敵襲、本陣に敵襲‼」
今度は本陣が敵襲された。慌てて本陣に引き返すと、すでに大規模な白兵戦状態であり、ハロルド大司教が無様にはいつくばっていた。しまった、早く救出しなければ……そう思い大司教に近づくが、雑兵たちが邪魔をして動けない。
「私を誰だと思っている。無礼者め」
大司教は恐怖のあまり暴走していた。やめろと叫んだが止まるわけがない。
「私は、教皇猊下の政権で参議の資格を持つハロルド大司教なるぞ。近寄るな、近寄る、ぐへぇ」
兵士たちは、大司教に殺到し、哀れな大司教は首を取られてしまう。大将が討ち取られたことで、我が軍は雪崩を打ったかのように崩壊していった。
私も敵兵に包囲される。ここまでか。覚悟を固めて、剣を抜いた。せめて、一人でも多く道連れを……しかし、敵兵たちが攻撃を仕掛けてくることはなかった。その代わり馬に乗った大将らしき人間がこちらに近づいてくる。
「ミラー軍監であられますね。私は、聖イスパール王国第13王子のカールです」
「なっ」
思わず絶句してしまう。しかし、続く言葉はこちらの想像以上のものだった。
「ミラーさん。私と共に来てくださいませんか。私はあなたと共に未来が見たいのです」




