第7話 教皇軍vs王子軍
―カール王子領討伐隊長・ハロルド視点―
我が名は、ハロルド大司教。43歳。教皇猊下の新政権にて、参議を務める有力者だ。
私はみんなから期待をかけられている。猊下も新都大主教も私の手を握って、「いいか、まずは一番簡単に鎮圧できる反乱をお前に任せる。確実に成功しろよ。この政権は、軍事力を騎士たちに握られていて不安定だ。司教でも戦ができることをしっかり証明し、騎士たちに大きな顔をさせるのを防ぐんだぞ」とな。
もし、この反乱鎮圧に成功すれば、出世は約束されたようなもの。それも相手は、国の誰もが馬鹿にする王子。まさに、ボーナスステージとはこういうことを言うんだろうな。それも、奴は山奥の小さな小屋のような砦に立てこもった。かごの中の鳥だ。相手の兵力は、わずか300。こちらは、2万人。数の暴力で、力押しで赤子でもできてしまうだろう。私も勝利を確信してから、敵陣に突っ込み士気を失った敵兵を切り捨てて功績とする。
ああ、楽しみだな。
※
2万の兵力をもって、カール王子率いる反乱軍の砦を二重に囲んだ。これで誰も脱出できないはずだ。砦の中の士気がみるみるうちに下がっていくのがわかる。やつらは、こちらが囲んでいても何も抵抗してこなかったのだ。普通なら包囲が完了する前に、弓や魔力での攻撃や突撃でそれを邪魔するのがセオリーだ。やっぱり、あの王子は何もできない。ただの馬鹿だ。おいおい、義侠心かなにかで反乱起こしちゃったのかな。
戦は、遊びじゃないんだよ。あのバカ王子は、学校で何を勉強していたんだろうね。
「大司教。いかがいたしますか」
護衛を任されている騎士がこちらに確認する。
「うむ、あんな小さな砦を落とすのに時間をかけるようでは、バカにされる。半分の兵力を残し、もう半分の兵力で突撃しろ。20倍の戦力差で叩かれたら、ひとたまりもあるまい」
騎士が賞賛してくれるはずの百点満点の答えを披露したはずだった。しかし……
「ですが……」
なんだ、この男は? 政権の参議である私に意見するつもりか⁉ ありえない。身分が違うだろうに。
「なんだ、文句があるのか、ミラー軍監。この田舎者。騎士と言えども、参議であるこの私に歯向かうつもりか」
そう強く言うと、相手は黙ってしまった。ふん、わかればいいのだ。
「さあ、突撃だ‼」
意気揚々と声を張り、代々家に伝わってきた名刀を天にささげた。子供の時から夢に見ていた英雄に自分が近づこうとしている。
※
―カール王子領討伐隊軍監・ミラー視点―
「ダメ王子じゃなかったのかよ」
軍事的に無能な大主教に無理やり突撃させられた我が軍の兵は、大損害を被った。
将として未熟なハロルド大司教を補佐する役割をはたそうと思っていたのに、頭ごなしに否定されて、提案を拒絶されている。
その間にも、こちらは多くの兵を失っている。
嫌な予感はあった。敵の布陣が完璧だったからだ。切り立った山の上にある砦。交通の要衝的な場所にあり、ここを突破できなければ敵の本拠地を攻撃できない地理的に好条件がそろった場所。一見力押しで簡単に制圧できそうなのに、いくつかの道は人が数人しか通れないほど狭く、ここに罠や伏兵をひそめておけば、少数の兵力で足止めが可能になっていた。
そして、通れなくなれば、兵士たちはパニックを起こし、同士討ちや転落が増加。さらに、正確無比な弓兵や石の投擲でこちらの損害は増え続けていた。
「マックス百人隊長、討死」
伝令が震える声で叫んだ。一騎当千のマックスが死んだ⁉ あの小さな砦を落とせずにか。
「大司教、これ以上の損害は……」
「うるさい、黙れっ‼ 敵は疲れているはずだ。いつかは、力尽きる。全軍突撃っ‼」
このシロウトは意固地になって無策な突撃を繰り返していた。
これはただの偶然か。それとも、ここまで見通して、全て仕組まれたことなのか。
ありえない。敵兵の中にそこまで頭が切れる人間が隠れているのか。
それとも、あのダメ王子が……
「いや、違う。あの完璧な包囲網の中で、あの王子はどうやって、王都を脱出したんだ。他の王子はたまたま、王都の外にいたから脱出できただけなのに。あの大混乱の中、カール王子は、天才と呼ばれる第三王子の知略や作戦を上回っていた? あの脱出はただの偶然ではなく必然。ならば、王子はここまで描いていたのか」
鳥肌が止まらなくなる。同じ武人として、今まで馬鹿にしていた男の本性に気づいてしまったからだ。自分など遠く及ばない高みにいる。どこまでが、あの王子のシナリオなんだ。そして、まだ、何かを残しているはず。
そうでなければ、あの天才がこの部の悪い勝負に挑むわけがない。
「戦略の奇術師だ」




