第29話 重傷の王子
「私はもう助からない。自分のことはよくわかる。助からない人間に手を差し伸べるよりも、助かる人間を一人でも多く助けるべきだ。皆、シン殿下のことを頼みます」
そう言って、力を失ったゆっくりと眠るように、弟は満足そうに微笑んで動かなくなっていった。
「鎮守府将軍閣下の治療を急げ。最優先だ!」
弟の死を悲しむ暇もなく、修羅の道を歩くことを決意した自分には、時間は待ってくれなかった。
※
「ここは……」
目を開くと、私は地面に転がっていた。複数の神官が回復魔力を使っている。だが、身体のいたるところが熱い。血が流れ続けているのだな。ここで死ぬのか。いや、さきほど夢の中でクスキ将軍が言った。こちらが賭けに勝ったと。
「鎮守府将軍のけがはどうだ」
アレフの声だ。
「もうすぐ、治療は完了します」
「アレフ……アレフをここに……」
「兄上」
こちらの手を握りしめられた。かろうじて、弟の顔を認識する。
「リーブはどうなった?」
その問いに弟は、首を横に振るだけだった。
「そうか」
悲しみが心で暴れる。あいつは、自分にとって兄弟同然の男だったのに。どうして、早く逝ってしまった。これが親や兄弟を殺し、恩人である教皇を裏切った修羅である自分にもたらされた罰なのかもしれない。これでさらに止めることはできなくなったな。たとえ、弟が死のうと、軍師が死のうと、私はこの世界を取らなくてはいけなくなった。
「アレフ。この傷だ。私はしばらく動けない。だが、教皇を逃がせば、歴史は10年は停滞する。カールも必ず動いてくるはずだ。動きを止めてはならない。せめて、ここで教皇を捕まえなければ、今までの行為が……」
痛みが言葉を遮る。ここで、教皇と新都大主教を取り逃せば、こちらの大義名分は失われる。教皇軍は、数であれば少数だが、民衆の支持は厚いだろう。時間がたてばたつほど、義勇兵が集まっていき、こちらに対抗するチャンスが生まれてしまう。せめて、あのカリスマを持つ教皇を捕縛するか、軍事の才を持つ大主教を討ち取ることができれば……
「兄上、残念ながら……教皇と大主教の新都脱出は確認された。やつらは天然の要害であるアーリー城に逃げ込んだ。この損害を受けたうちの軍では新都制圧がやっとだろう。次善策に移ったほうがいい」
弟がもたらされた残酷な報告に、思わず意識が遠のく。しかし、もう動き始まってしまった反乱だ。突き進むしかない。
「ならば、新都を制圧する。過去に誰もなしえなかった教皇領と教都の制圧だ。ぬかるなよ」




